64.剣  (63から)

2008年1月21日
―東門 外 リペノ
 
気持ちいい風。
まるでこれから起こる戦闘なんか意に介していないようだ。
 
僕らが民宿代わりにしていた空き家は遺跡の中央よりも西よりに位置していた。
多分ウルトンさんが一番早く門外にたどり着くだろう。
 
いけないいけない。今は他人のことを考えている暇はない。
ここで集中を乱して、もし僕が門を突破されてしまったら、それこそ皆を危険にさらしてしまう。
 
今回の僕らの目的は"準備"が揃うまでの時間稼ぎ。
具体的にどのくらいの時間を稼げればいいのかは、昨日はグィンセイミさんは教えてくれなかった。
というよりは分からなかったんだと思う。
遺跡に備わったLive開始当初のシステム、僕には機械の事は分からないけども、
それを起動させようとしているんだ。加減が分からないのも無理は無い。
まぁ相手は召喚士だ。
「召喚する暇を与えない事」に重点をおいて戦えば、
一定時間足止めすることは大して難しいことじゃないだろう。
 
 
まだ爽やかな風が流れている。
遺跡東側の環境は、僕らが遺跡にやってきた西側より随分良いようで、
ぬかるみではなく森を切り開いて出来たであろう草原が広がっていた。
今がこんな時じゃなければ、原っぱに寝転がって昼寝でもするのに。
 
 
風が不意に止まった。空気が凍りつき、生命の息吹の音も消えた。
森と草原の境目から、ダレかが、近づいてきている。
 
実力は五分程度だと踏んでいた。
足止めすることも可能だと思っていた。
 
有り得ない。不可能だ。
 
 
混乱の中見開いた目が30m先まで迫ったその人を見た。
ああ、と理解する。全身に走る寒気の発生源は、彼女か、と。
 
細身で長身。淡い青色の髪の毛が腰まで垂れている。
外見は非力で、魔法使いか召喚士と思わせる。
しかし、数多の戦場を駆け抜けた熟練の剣士で、
もしくは拳で岩を破壊させる力を持つ怪力者と言われても納得させられてしまう。
彼女はそんな空気を纏っていた。
 
気が付くと体が小刻みに震えていた。与えられた寒気が止まらない。
それを抑えるように、口を開く。
 
「あなたが、【灰身】のリーダーのスノウさん、ですね」
目の前まで迫ったその威圧感に、ネーム確認なんて今さら必要が無かった。
ただ、何かを口に出すことが重要だった。
 
「その通り、私がスノウだ。
 そして私が用があるのは、この遺跡要塞と住民のみ。
 お前を殺すつもりも、意味も無い。
 怖いのだろう。怪我をしたくなくば去るが良い。
 体が震える恐怖で済む今のうちに」
 
外見に似合わない男勝りな言葉を残し、スノウは僕の横を通り過ぎるために歩を進めた。
 
同時にごく自然に引き抜いた刀を横に突き出し、スノウの進路を阻む自分が存在した。
 
自分よりも数段経験があり、数段実力も上なその相手は、怪訝そうに、それでいて威圧感を持ち続けた顔を向けた。
 
「すごく怖い……ですよ。でも、どうしてだろ。
 感情がどうしようもなく高ぶるんです。体の中から力が湧き出てくるんです。
 貴方のような人と戦えるなんて、すごく怖くて、すごく嬉しいんですよ!」
  
自分でもおかしな事を言っている気がする。
でもこれから戦う相手はそうは思わなかったらしい。

「……上等だ」

63.走 (75から

2008年1月21日
今集落周辺に集まっている【灰身】のメンバーは3人。
リーダーのスノウ、大剣使いのサカグ、召喚士のミヤイニレ。
彼らが3人固まって攻めてくることはまずないだろう。
遺跡に危険スキルを持つプレイヤーがいることは彼らも承知の上なのだし、
いくら戦闘に不慣れなものたちばかりだとしても、
トラップなどを施されて全滅などしてはもってのほかだからだ。
 
【検索】で3人の位置を把握、その後自分たちの担当する相手に最も近い門まで走る。
そしてそこで待ち構えて"グィンセイミさんの技術"と"遺跡のシステム"が間に合うまで耐える。
都合のいいことに遺跡を中心として円を描くようにぬかるんだ平地があり、その周りをさらに円状に深い森が覆っている。
だから森から出てきた人影を見損なうこともない。
 
 
誰が誰の相手をするかは昨日の会議で決めた。自分なりに最善の策を立てたつもりだ。
 
一番厄介な相手のスノウの担当は私。
恐らく私でないと足止めすることも出来ないだろう。
リペノさんの実力は不確かだけれども、相性の関係上私のほうが有利だ。
それに何より、私はスノウのことをよく知っている。
 
リペノさんには召喚士であるミヤイニレの相手をしてもらう。
召喚士というのは本体に隙が出る事が多い。
それを補うための【毒魔法】を彼は所持していたはずだけれども、これも得物を持つ剣士なら対処しきれるはずだ。
 
そしてウルトンさんはサカグの相手だ。
消去法でそうなった、とも言えるかもしれないし、そうとも言い切れないかもしれない。
リペノさんにもサカグの相手はできるだろうし、召喚士であるミヤイニレにも
【ゼロ】持ちであるウルトンさんなら十分に戦うことは出来るかもしれないからだ。
 
私は大勢の命がかかっているこの状態で、私情を挟んでしまっていた。
サカグは他の二人よりも攻撃が単純で、はっきり言って弱い。
 
そう、"最も安全だから"。
そういう理由でウルトンさんをサカグに当てた。
 
こんな事を言うと彼は怒るかもしれないけど、私はまだ彼には死んでもらいたくない。
もっとこの広いLiveで、様々な世界を体感して欲しい……
 
 

 ―朝、空き家―

 
「お姉さん? どうしたんですか?
 もしかしてお姉さんともあろう者がビビッちゃってますか?」
 
ハッとして、我に返る。
ウルトンさんが顔を覗き込んでいた。
澄んだ瞳を無意識に【読心術】で覗き込むと同時に流れ込む
(「怖い怖い、結構怖いな、いや、ここは俺がしっかりして皆を支えなくては、いやでも怖いだろ普通…」)
という意識が私の心を穏やかにさせる。
 
「ふふ、もしかしたらウルトンさんの緊張が移ってしまったのかも知れませんね」
 
そう言って周囲を見渡す。数人の村人たちが集まってきていた。
リペノさんは多少の緊張はあるものの、怯えは微塵も見せずに冷静そのものだった。
一転、村人にはやはりかなりの不安があるようだ。
【猫かぶり】の少女は先ほどから私の後ろで縮こまって震えている。
  
二言三言皆と言葉を交わしてから、再度【検索】に意識を集中させる。
 
最終【検索】………………………
………
……

 座標 ****  座標 ****  座標 ****
『スノウは南、サカグは西、ミヤイニレは東』 
 
…………………完了。
  
  
「皆さん、作戦開始です。
 ウルトンさんは西門へ。リペノさんは東門。そして私は南門です。
 いいですか、無茶はしないこと。
 倒す必要はないんです、時間を稼ぐだけでいいんですよ」
 
ウルトンさんとリペノさんが頷くのを確認してから、南門へ向けて走り出す。
先手を取るためにも、【灰身】が森から出てくるより先にこちらが門を抜けなくてはいけない。
  
 
*
 
 
しばらく走り、南門に到着した。
南門は空き家から最も遠い場所にあった。
ウルトンさん達はもう門を越えているだろう。
 
門を潜り敵がいないことを確認してから再度、【検索】
うん、大丈夫。皆指定の場所に着いている。
 
 
 
 
「……!?」
 
起こりえないことが起きた。
そんな、まさか。
【検索】は、間違わない。
なのに、何故?
何故このような結果が、出るのだろうか。
 
そして、直前の【検索】結果が示した情報の通りに。
 
森から出てきたのは、大剣を担ぎ上げた逆毛の男。
 
本来西門でウルトンさんと相対するはずであった、サカグだった。
 

62.宿(71から)

2008年1月21日
 
「この女、俺たちに選択肢がないことを分かってて
 白々しい話を振ってきやがったんだよ」
 
このグィンセイミの発言によって、元々窮屈だった場の空気がさらに重くなった。
驚きだったのは、俺だけじゃなく、村人の何人かもグィンの奴を睨み付けていたことだ。
 
なるほど。短い期間のうちに、お姉さんはもうこの集落で人望を得ているみたいだ。
個人的な理由があるにせよ、集落に尽くしている程は半端ない。
慕われるのは至極当たり前のことだろう。
 
その後も重苦しい空気はしばらく続いたが、
耐えられなくなったリペノの「さ、作戦タイムにしましょう!」の言葉で何とかその場は収まった。
 
 
*
 
 
俺とリペノとそれにお姉さんは集落に一つある民宿に来ていた。
 
民宿といってもこんな辺鄙なところにある廃れた遺跡に観光客何て来るわけがなく、
それはかつて栄えていたころの面影を辛うじて残しているただの空き家だった。
 
「さて、それでは細かい説明をしましょう」
 
集会場で大まかな作戦を決めた後、【灰身】と直接対峙するであろう俺たち3人だけは
こうして小屋で作戦会議を続けていた。
 
「敵には召喚士もいます。きっと今偵察用のモンスターを使ってこのあたりをくまなく探させているでしょう。
 恐らく、明日にはもうこの遺跡は見つけられてしまうでしょうね」
 
【灰身】のメンバーであるサカグが【猫かぶり】の少女を遺跡を覆う森で見つけたことから、
奴らはすぐにでも遺跡の場所に目星をつける。
そして明日にでも遺跡を見つけ出し襲撃してくる、それがお姉さんの考えだった。
 
「でも、攻めてくるとしても普通ちゃんと準備を整えてくるんじゃないんですか?
 3人で来るってのはちょっと考えにくいんじゃあ……」
 
お姉さんの【検索】結果は、遺跡周辺の森に
【灰身】メンバーは3人だけ存在し、そして1箇所に集まっているということを告げていた。
1箇所に集まっているのは向こうも遺跡襲撃の作戦を立てているからだろう。
しかし3人だけというのがどうにも釈然としなかった。いくらなんでも自意識過剰すぎだろう。
 
「確かに通常ならもっと人数を集めてから攻めてくるでしょうね。
 遺跡は逃げませんし、私が居なければ彼らが攻めてくるということすら
 住民には分からないんですから。
 
 ……ですが、今攻めないと彼らにとって最も重要で逃がしてはならないものを
 補足するチャンスを失ってしまう可能性があるんですよ」
 
「最も重要って……一体何なんですか?」
お姉さんはその問いには答えなかった。
代わりに【読心術】を使うときのように、ただ俺の目をしっかりと捕らえて離さなかった。
 
 
*
 
 
「どうじゃろうか?明日は上手くいきそうですか?」
大分日が落ちてきたころ、長老が空き家に唐突に入ってきた。
【猫かぶり】の少女も一緒だった。両手に1冊の本を抱えている。
 
「ええ、この村に被害がないことを第一に考えて作戦を立てています。
 それよりも、グィンセイミさんは了承してくださいました?」
 
グィンは会議室から出た後、長老たちに連れられ俺たちと別行動を取っていた。
なんでも、奴にしかできない仕事があるらしい。
あの野郎にできるのは穴掘りか機械弄りしかないってのに大層なご身分なこった。
 
「ええなんとか……終始苦虫を噛み潰したような顔をしておられましたが、
 元シムシ市民の者が話をするとそれはもうあっさりと……」
 
リペノが複雑そうな顔をしていた。恐らくグィンセイミという奴の人間性が理解できないんだろう。
 
 
お姉さんと長老がグィンについて話しているので暇を持て余していると、
【猫かぶり】の少女が近寄ってきた。
  
「ウルトンさん。これどうぞ。」
さっきから抱えていた一冊の本だった。
 
「お兄さん、【ゼロ】なんですよね?
 蔵書に【ゼロ】に関する記述がある書物があったので、持ってきました。
 きっと役に立ててくださいね」
 
とてつもなく古い本だ。フォロッサ大図書館にあったものよりもボロボロで何とか文字を識別できるレベルだ。
恐らくLive初期に書かれた本なんだろう。
【ゼロ】に関する記述を探そうと今にも破れそうな本をパラパラ捲っている間に、お姉さんは長老との話を終えたようだ。
 
 
「それでは、今日はここに泊まり、明日【検索】の後所定の位置に移動することにします。
 恐らく大丈夫だと思いますが、絶対に無理はしないでください」
 
グィンセイミのことなどいろいろ不安はあるが、やるしかないだろう。

61.敵(72から)

2007年10月5日
 
!?
 
【灰身】、プレイヤーキラーを殺す集団。
その手段は強引で、罪の無いプレイヤーまで対象とする。
お姉さんが、その、【灰身】だった!?
あ、だった、か ならいい いやよくねぇよ え、どういうことだ。
 
俺の同様とは裏腹にお姉さんは淡々としゃべり続ける。
 
「そのスパイ活動の一環として有名なPK集団、
 今は崩壊してしまったらしいですが、ゴッドレスにも一時期身をおいていました」
 
ゴッドレス!?
あの悪逆非道の限りを尽くしたというPK集団。
 
……まぁ聞いたこと無いけど。
【検索】は非常に便利なスキルだ。どこの組織も欲しがるんだろう。 
 
「でも【灰身】のやり方にも、ゴッドレスのやり方にも嫌気がさしてきたんです。
 だからどんな目に遭おうとも脱退しようと決意しました。
 その決断をしたのは、ちょうどウルトンさんと旅に出たときですね」
 
ああ、あのとき……
確かにあの時はお姉さんは急いでいるように見えた。
きっとカイドからすぐに出なくちゃいけなかったんだろう。
……俺の立場は?
 
「ふふっ。ウルトンさんを気にしてなければ一緒に連れて行きませんよ」
 
【読心術】はいいのでお願いですから続きをお願いします。
恥ずかしいっていってんだろ!
 
「そうですね。では続きを……
 遺跡に来たのには【灰身】から身を隠すという意図もありました。
 脱退した私はもう彼らに狙われる身ですしね。 
 でも今は、隠れるだけではなく、正面から彼らと戦い
 遺跡の住人を守ることが最善の行為だと思っています。
 
 私は、【灰身】の真意を知らなかったわけではありません。
 彼らの行動が善だと思いその活動に参加していました。
 ですからせめてもの罪滅ぼしとして一般プレイヤーを守り、
 ケジメとして【灰身】の活動を止めさせる。
 いざとなったら昇天させることも厭いません。」
 
ですが、とお姉さんは続けた。
 
「私の力だけではこの遺跡を守ることすら出来ないでしょう。
 乗りかかった船、というわけにはいかないですが、力を貸して貰えませんか?」
 
もちろん答えは決まっていた。というか何を今更、だ。
 
「俺の第一目標であるお姉さんに死なれたら困りますからね。
 俺のような未来の超魔法使いには関係のないことですけど、
 しょうがないから協力してあげてもいいですよ」
 
お姉さんはニコリと微笑んだ。見透かされているのはわかっている。
リペノはというといつの間にかお姉さんの手を取って「がんばりましょうね!」などと叫んでいた。
(正義)馬鹿だからこいつは力を貸すことを断ることなんてないと思っていた通りだ。
 
「……ちっ」
不快な舌打ちが聞こえた。
発生源はもちろん奴だった。
 
「怖かったら逃げてもいいんだぞこの機械馬鹿が。
 お前がいないほうが気分がいいしな」
 
「逃げれりゃさっさとこんな集落見捨ててやる。
 逃げれりゃな。
 さっきの【猫かぶり】の騒動でサカグって奴に顔を見られた。
 恐らくネーム確認もされただろうな。
 【灰身】の無茶苦茶なPKK対象の決定から考えて、
 サカグと一戦交えた時点で俺もその対象に入ってるだろうよ。
 敵の攻撃を避けて暮らすには、どうせこいつに協力する他に選択肢はねぇんだよ。」
受験ぐあーーーーーイライラアアアアアア
Live書いてやるうわあああああああぐわああああああ

ウルトン君誕生
建物の中はまるで会議室のようだった。
中央に円形の大きい机が置いてあり、それを囲うように大量の背もたれの無いイスが並んでいた。
イスは既に過半数は埋まっていた。
ヨボヨボからガキまで老人まさに老若男女が揃っていた。(もっともlive世界上でのロールプレイングなんだろう)
そういえばここへ来る道中町の人を全く見かけなかった。
会議のためにここに集まっていたんだろうか。
 
 
各自適当な開いている席に座る。
お姉さんと長老は説明がしやすいように俺たちの対角上のイスに座った。
 
「さて、順を追って説明しましょうか。
 まずはこの町のことから説明した方がいいですね」
「それは長老のワシが話した方がいいじゃろう」
 
長老は見かけに似合わず渋い声をしていた。
威厳を示すように立ち上がる。立っても座ってても大して変わらない背だったが。
 
「ここは古代、といってもlive開始当初のことじゃが、そのころに栄えていた町の成れの果て、いわゆる遺跡じゃな。
 ワシたちはそれを利用してここに住んでいるんじゃ。
 そしてこの町の住人はある組織から狙われておる」
 
「組織? ……森で出会ったサカグって奴も関係してるのか?」
「ああ、【猫かぶり】を狙ったのなら十中八九そうじゃろう。
 その組織の名は【灰身】。奴らは自分たちのことをPKKの集団だと言っておる、つまりプレイヤーキラーを倒す集団じゃな」
 
PKK……中立国にはPKKの自衛軍がいくつかあると聞いたことがある。
【灰身】もその一つなんだろう、が……
森で出会ったサカグのことがある。奴がその一員だとしたら【灰身】ってのは随分強引な方法をとる集団になる。
それともPKKの集団ってのはそんなもんなんだろうか?
 
「PKKの集団が何でこの町の住人を狙うんですか?
 えーっと、この町に、PKがいないなら、狙われることは無いと思うんですけど」
 
リペノが町の人たちの顔色を伺いながら遠慮がちに聞く。
これに答えたのはお姉さんだった。
 
「【灰身】の対象はPKだけに留まらないんです。
 彼らは、彼らの独自の判断基準で動いています」
 
独自の判断基準?
そういえばサカグの奴も言ってたな。
『オレたちがPKと判断したら、PK』とかなんとか。
どこぞのタケシのようなジャイアニズムだ。
 
「彼らは、将来PKになる可能性のあるものも排除対象にしています。
 それらの多くは危険な思想を持った初心者ですが、
 PKになったときに脅威を奮う可能性のあるスキルを持っているもの
 までも排除対象にしているんです」
 
「ハッ、偉そうにPKKなんて言ってるが、
 結局やってることはただのPKじゃねぇか」
 
グィンが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
確かに、それはただのPKだ。
【灰身】のやってることはliveを楽しみたいと思っているプレイヤーから夢を奪う行為だ。許されることじゃない。
 
 
「ええ、そうです。彼らはPKと同じでしょう。
 そしてこの町にいる人たちは大抵特殊なスキルを持っています。
 皆【灰身】から逃げ隠れするためにやってきたんです」
 
なるほど、それでこの町の住民が狙われているという話は理解できた。
【猫かぶり】の少女がサカグに襲われてたのもそれが原因か。
 
「【灰身】はこの遺跡が存在している情報を得ていました。
 そこに彼らの基準でPKである者達が住んでいるであろうことも」
 
ここからは私が何故ここにいたかの説明になります、お姉さんは俺の目を真っ直ぐ捉えて言った。
 
「ウルトンさんと別れてから、私はこの遺跡を探しました。
 遺跡の住民がどういう人たちなのか知りたいという気持ちもありましたし、遺跡自体にも用がありました。
 こんな偏狭な土地にあっても、【検索】を使えば見つけるのは比較的簡単でした。
 特殊なスキルを片っ端から【検索】し、それらの持ち主が一箇所に集まっているところに目星をつけたんです。
 
 この遺跡へ来る間、私は【灰身】のリーダーである『スノウ』とそのメンバーを常時【検索】していました。
 もし私が彼らに見つかって、そのせいで遺跡の場所を教えてしまう分けにはいかなかったからです。
 しかし、私が遺跡に向かおうとしていたときにはもう既に3人のメンバーが無所属地帯周辺に位置していました。
 
 
 だからこの遺跡に到着したとき、それを町民に伝え、【検索】で相手の動向を計りながら、
 もし発見された場合は応戦するつもりでした」
 
 
 
なるほど、まだ謎な部分も多いが大体の経緯は分かった。
【検索】をそんな連続で使いまくっていたから疲れてる様に見えたのか。
知る限りじゃかなり高性能なスキルだ、疲労もとんでもないんだろう。
 
「そうですね、確かに【検索】の連続使用は疲れます。
 だけどこの子も活躍してくれたので大丈夫でした」
 
いつのまにか鳥がお姉さんの肩に止まっていた。色鮮やかな鳥だ、ぱっと見はオウムに似ている。
だが何か普通の生物とは違う。目を閉じ、ピクリとも動かない。心臓の鼓動や呼吸による体の揺れも全く無い、まるで銅像だ。
というか人の心を【読心術】で読んで会話を進めるのはやめて欲しい。
他の人からみたら『何がそうですね、だ』ってなるじゃないか。
 
「なんですか、その毒々しいオウムは」
「周で出会ったパートナーです。主に偵察によく働いてくれます。」
 
「ちょっと待ってください」
 
会話にリペノが割って入ったきた。
 
「確か【検索】で人物を探す場合はプレイヤー名を必要としますよね?
 【灰身】のリーダーだというスノウはともかく……
 何であなたが他のメンバーの名前まで知っているんですか?」
 
確かに、いくら博識のお姉さんでもメンバーの名前全てを知っているとは思えない。
お姉さんを見てみると、珍しく厳しい顔をしていた。
目を閉じ、深く息を吐いた。
 
 
 
「……私は、【灰身】の一員でした」

59.再

2007年6月25日コメント (1)
「で、【猫かぶり】ってのはどういうスキルなんだ?
 嘘をバレなくする、とか言ってたが」
 
今俺たちは村人その1少女に連れられ森の中を歩いていた。
木々が密集していて、深く、暗い。
おまけにジメジメト湿気が多くて快適な環境とはお世辞にもいえない。
 
「そうですね……例えば……」
 
少女が答え、一拍置いてから続けた。
 
「私、リペノさんのこと、すっごくかっこいいと思います」
 
…………えーと、つまり。
 
「えっ、本当ですか!?
 いやだなぁ、照れちゃいますよ!」
 
リペノは呑気に喜んでいた。
 
「おい」
「え?」
「……」
 
全く気づいていないようだ。
なるほど、【猫かぶり】ってのはこういうスキル……あれ?おかしくないか?
 
「今、私の言葉を嘘じゃないか?と疑うことができたでしょ?」
 
俺の胸中を読み取ったかのように少女は説明を始めた。
 
「そう、つまり【猫かぶり】を使えば、疑うことすら出来なくなっちゃうんです。逆を言えば疑うことが出来る時点で私の言ってることは真実なんです。」
 
彼女は例外はありますが、と付け加えた。
 
なるほど。地味だけど恐ろしいスキルだ。
これを使えば確かにPKだって出来てしまうかもしれない。
だけど俺にとってはさらに危惧すべきことがあった。
 
「で……なんでグィンセイミまで着いてきてるんだ?
 お前いい加減シムシに帰れようんざりなんだよ」
 
リペノを挟んで反対側をその性悪男は歩いていた。
俺はてっきりこいつは付いて来ないもんだと思っていた。
なぜならここはシムシではなく大陸の東に位置する無所属地域だったからだ(と少女は言っていた)
シムシでなければグィンセイミの奴は興味を失うだろうと踏んでいた。
しかしその事実を知ってからも奴は少女に同行していた。
 
「ここからのシムシの正確な位置が分からねぇ。
 こいつの町とやらで地図を拝借したらすぐに帰ってやるよ」
 
位置ぐらいそのご自慢のシムシの科学で何とかしろ。
GPSもないのか。
 
「それにその女の言うことが真実かも分からねぇ」
「あ?疑うことが出来たら本当のことだって言ってたじゃねえか」
「そもそもそれが嘘かも知れねぇ。 
 【猫かぶり】なんてスキルは存在しないかも知れねぇ。
 サカグって野郎がこいつをPK扱いしてたのは事実だ」
 
なるほど……むかつくが確かに一理ある。
だけどそんなこと言ってたら堂々巡りじゃないか?
 
リペノがまじめな顔をして口を開いた。
グィンセイミに反論するんだろうと思っていたが違っていた。
むしろ逆だった。
 
「気を悪くしたらごめんなさい。実は僕も同じ考えです。 
 PKである確証も無いですが、PKでない確証も無いんです。
 僕も本当はあなたを信じたいです。
 それでも火の無いところに煙は立たないと言います。
 とにかくサカグにもう一度会って、冷静に話をしてみないと……」
 
通常時は抜けているくせに、考えるときは意外と深くまで考えているようだ。
……何か俺だけ考えてない気がしてきたんだけど。
 
「どちらにしてもこの娘についていけばわかるんだろ?
 現時点ではまだそんなに疑う必要も無いしな」
 
サカグは『次の作戦で』と言っていた。
また狙ってくるのは間違いない。
その時にふん縛って問い詰めればいい。
最悪、この少女がPKの可能性もあるけど、そんな不毛なことを考えても仕方が無い。

少女は言われなれてるのか、俺たちの疑いも気にせずに道案内を続けた。
森は奥に行くにつれいっそうその密度を増していく。
前方の見通しがさらに悪くなり、地面のぬかるみ具合も酷くなる。
どれくらいひどいかというと、俺が3回、リペノが5回転んだぐらいだ。
しかし少女はまるで自分の庭かのようにスイスイと歩いていく。歩き慣れているんだろう。
 
 
 
「ここです」
 
森を抜けると開けた土地にでた。
ぬかるみは相変わらずひどいが、それでも森の中に比べて随分明るく、涼しかった。
四辺を森に囲まれた中央に石造りの塀が見える。
 
「小さな町だけど、住んでる人は皆良い人ですよ。
 あれ?誰かいますね」
 
少女の目線を追う。
石の塀に、木で作られた門があった。森の木から作ったんだろう。
その前に人が二人立っていた。なにやら話し合っているようだ。
一人は爺さん。きっと長老だろう。
長老っぽいひげをはやし、長老っぽくはげて、長老っぽいボロボロの服を着ている。

二人目は……あれ?
 
 
おかしいな、 あれ?
 
んん?     ……あれ?
 
 
 
 
 
 
あれ?
 
そうこうしているうちに門の前に辿り着いてしまった。
長老と話していた女性が、こちらに気づく。
 
 
 
  
「ウルトンさん!?何でこんなところに……?」
 
お姉さんだった。
望んでいない再会だった。
  
望んでいた再会の仕方はちょっと恥ずかしすぎるので言えない。
 
でもせめてもっと成長してから合いたかった……
 
 
「お姉さんこそ、何でこんなところに?」
「えーっと、それはですね、うーん……
 ここじゃなんですし、中に入って話しませんか?
 長老も、話の続きは中で宜しいですよね?」
 
 
 
俺、グィンセイミ、リペノ、長老、村人その1少女、そしてお姉さんの大所帯で町の中を歩く。
見事に内部まで石造りだった。
ところどころに木で補強された後がある。随分昔に作られた町のような古風な雰囲気があった。
歩きながらお姉さんと俺の関係、俺が何故ここにいるかを説明した。
代わりにお姉さんはこの町の説明をしてくれた。
お姉さんは最後にあったときと変わっていない様子だった。
ただ、少し疲労の色が見える。こんな辺鄙なところで何をしていたんだろうか?
 
「あ、そうだ。
 プレゼントがあるんですよ」
「本当ですか?」
 
離れ島で手に入れた円板を取り出す。
どんな価値があるかは知らないが、あんなところに埋まってたんだ。
価値があるもんなんだろう、というか価値があってくれ。
天使が描かれている円板を目にした瞬間、お姉さんの顔色が変わった。
 
「これは!!あの伝説の!!!」
「そ、そんなにすごいアイテムなんですか?」
 
こんなにも驚かれるとは思っていなかった。
逆にこっちが驚いた。何なんだ、このアイテムは。
お姉さんが顔を輝かせながらハイテンションでしゃべり続けた。
 
「これはですね、宴会や一発芸大会で使うとかなり役に立ちますよ!
 これの名前はですねー」
「…………………いや、もう説明はいいです」
「え?」
「なんか萎えるんで…………」
 
 
暫く歩いて町の中央に着いた。大きな建物が立っていた。
この町の中で一番大きい建物だろう。これもまた石造りだ。

「さあ、着きました。
 この中で説明しましょう。
 『私が何故ここにいたのか』、そして『この町は何なのか』。
 皆さんもここに来てしまったからには、聞いておいたほうがいいでしょう。
 ウルトンさんは、特に」

58.眼

2007年6月24日
敵(?)が去り、落ち着いたところで改めて自称【隻眼の剣士】を観察する。
青い髪のショートカットで、白と青のシムシ独特の鎧に青いマントをつけている。
顔には身長に似合ったあどけなさがあった。
こんな顔の奴があれほどの威圧感を出したなんて未だに信じられない。信じられないが真実だった。
 
適当に質問を投げかけてみる。

「何で【隻眼の剣士】を騙ってるんだ?」
 
「え?何でって……ポチさんかっこいいじゃないですか!
 あの堂々とした物腰!何者にも負けない強さ、戦闘のセンス!
 そして何よりも、民や部下を労わるあの優しさ!!
 僕はポチさんのような強さを持った剣士になりたいんです!」
 

 
「騙るには背、低すぎないか? 150cm無いだろ」
 
「し、失礼な!!あります!150.3cmです!!」
 
大して変わらない。
 

 
「【隻眼の剣士】とは知り合いか?」
これはグィンのセリフ。

「いえ、直接知り合いだったわけでは無いんですけど……
 僕がまだ下っ端の剣士だった頃、ポチさんの部隊に一度だけ入れたことがあるんです。
 そのときにポチさんの強さと、部下のことを思う優しさに触れまして、それで……」
 

 
「【隻眼】のポチってぇ言えば、カイドから賢者の石を盗み出し
 カイドとの戦争を引き起こした張本人と言われてるが」
またもやグィン。
 
「それは嘘です!嘘っぱちです!
 命を懸けて嘘っぱちです!」
 

 
「その格好、ポチの真似か?」
これは俺の質問。
 
「はい!髪は染めて、ポチさんに合わせて切ってもらって。
 マントは特注してもらいました!」
 

 
「思うんだが、前に【隻眼の剣士】に会った時は肩まで髪が垂れてたぞ」
 
「ええええ!?だって部隊に居た時はショートでしたよ!」
 
「伸びたんじゃないか?」
 
「!!  ……わた、いや僕もこれから伸ばします!!」
 
綿?
 

 
「って、ポチさんに会ったんですか!?
 ど、どんな様子でした!?どんな様子でした!?」
逆に質問しかえされた。
 
「ああもう、うん。ひどかったよ。
 何かにひどくやられたのか顔は歪み両足両腕を失って……」
 
「う、うそ……だぁ。
 ……………………………………………
 うそだぁ……うっうう……」
 
「す、すまん。嘘だ。嘘だから。俺の悪い冗談だから!な?」
 
泣かれた。困る。
 

 
「第一よ、【隻眼の剣士】は右眼が潰れているはずだが、お前は左眼じゃねぇか」
再びグィンのセリフ。

「うっう……
 この眼は、仕方ないんですよ!」
 

 
「どうでもいいけど、勝手に【隻眼の剣士】を名乗ることはポチに対する侮辱になるんじゃないか?」
今度は俺。

「!?
 え、    え   ……   そ そんな……わ、わた…僕そんなつもりじゃ……
 じゃ、じゃあどうしたらいいんでしょうか?
 僕は【隻眼の剣士】の弟子だ! で、でしょうか?
 いやでもまだ弟子になってないし!そ、そりゃあお弟子になりたいとは思ってるけど!
 でもでも、まだ僕は力不足なわけで!じゃ、じゃあどうすればいいのかな、うーん……」
 
もう勝手にしろ。
 
―――

「あ、あの……助けていただいてありがとうございます。
 よろしければ私たちの町にいらっしゃいませんか?
 
唐突に後から声を掛けられた。そういえばこの少女の存在をスッカリ忘れていた。
そしてPK疑惑の少女はどうやら村人その1だったようだ。

57.虎

2007年6月24日
「【隻眼の剣士】だ……と?」
ヤツが戸惑ったのも無理は無い。
確かに青い髪で青いマントをつけて腰に剣をぶら下げている。いる、が……
 
「あ、あれ?驚かないんですか?」
 
逆に戸惑う自称【隻眼の剣士】。
そりゃそうだ。
 
背が、とてつもなく低い。
150cm無いんじゃないだろうか。
そして何よりも本物の【隻眼の剣士】には溢れんばかりの覇気がある。
それがこの初心者オーラ漂う偽者にはない。
幼少期の【隻眼の剣士】といったところか。liveに幼少期とかがあるのかは知らないが。
 
ネーム:確認:リペノ  うん、やっぱり別人物だ。
 
 
「とりあえず!そこの男!えっと……【ネーム:確認】……サカグさん!
 弱いもの虐めはやめるんだ!」
 
めげずに続ける偽者の【隻眼の剣士】、リペノ。しかし迫力はまったくない。
 
 
大剣の男……サカグは呆れたようにため息をついてしゃべりだした。 
 
「いいか、よく聞け。
 こいつはPKだ」
 
「私PKなんかじゃない!」
 
「PKじゃないって言ってるぞ」
口を挟む。傍目にもPKが出来るようなキャラではないことは明らかだ。
 
「お前らまんまと騙されてるな。
 こいつはな、【猫かぶり】のスキルを持っている。
 【猫かぶり】ってのはようは嘘をつくスキルだ。
 嘘をな、バレなくするスキルなんだよ。
 じゃあ、死ね
 
サカグはいつの間にか大剣を引き抜き、そして少女の首めがけて切り払っていた。
唐突な行動に瞬時の判断が出来なかった。体が動かない!駄目だ!間に合わない!
 
 
 
 
 
 
少女の首はまだ体と繋がっていた。
 
背筋が震える。感じたのは虎のような威圧感。
気づくとリペノがサカグの前に回りこみ斬撃を止めていた。

手には細身の剣が握られており、数倍の重さと体積を持つサカグの大剣を抑えている。
 
「確証は」
 
「…!?」
 
「この娘が【猫かぶり】を持っているとしても、
 この子がPKだということにはならない。
 PKだという確証は、あるのか?」
 
  
予想外の出来事にサカグは怯んでいた。
だがしかしすぐに落ち着きを取り戻し、リペノを睨み付けた。
 
「確証なんてものは必要ない。
 オレ達が”PK”と判断したら、PKだ。
 分かったか?偽者野郎」
 
 
リペノがサカグを弾き飛ばす。この小柄な体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。
まぁいい、今はそんなことを考えている場合じゃない。
急いで”PK疑惑”の掛かっている少女の前に立つ。
これでもう不意打ちを受けることは無い。
 
  
「うじゃうじゃと雑魚が……
 !!」

またもやサカグは怯み、体の動きを止めた。
何なんだ?
 
「オレとしたことがネームの確認を怠るとは……
 いいだろう。任務を放棄する。
 【猫かぶり】の処理は次回作戦時にしといてやる」
 
 
短い風切り音。サカグは捨て台詞を残し消えた。
 
リペノの体から威圧感が消失する。息を吐きながら、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
 
「ありがとうございます。
 おかげで助かりました!
 えーと、【ネーム:確認】……ウルトンさんとグィンセイミさん、ですね。
 【隻眼の剣士】の名の下に敬意を表します」
 
お前は【隻眼の剣士】じゃないがな。

56.嘘

2007年6月24日
「やめて……私何もして無い…ひっく…PKなんかじゃない!」
 
声の元へ急ぐ。心配、なんかじゃない。ただの興味本位だ。
 
「いいや、お前はPKだ。オレ達はそう判断している」
 
居た。近くの森の入り口に人影が二つ。
一人は男。茶髪が重力を無視して上に伸びていて、背中には大剣を抱えている。
もう一人は、少女だ。さっきの泣き声もこの子が発したものだろう。木を背にして振るえている。
とりあえず自体を収拾しなくては。このままこの子が殺されるのを見るわけには行かない。
俺が一歩脚を踏み出すより先に、グィンセイミが前に出ていた。
 
「厄介ごとには関わりたくねぇんだが、ここはシムシの可能性もあるからな。
 シムシの民を見捨てるわけにはいかねぇ」
俺も慌てて前に出る。先手を取られて何か悔しい。
 
「何だ、お前らは。邪魔をするなら、斬るぞ。
 ……と言いたいところだが、あいにくオレの任務は【猫かぶり】持ちを殺すことだけだ。
 ちょっと待っててくれ。このPKをすぐ殺す。そうしたらもうお前らの用は無くなるだろ」
 
完全に舐められている。この逆毛をボコボコに懲らしめて少女を助けるべきだ。グィンセイミも今は同じ気持ちだろう。 
 
 
俺が魔法を詠唱しようとし、グィンセイミがツルハシを構えたときだった。
 
ガササッ
森の奥から足音が聞こえる。誰かがこっちに走って来ているようだ。
 
 
 
森の中から颯爽と飛び出てきた一人の人物。剣を男に向け、こう言い放った。
 
「僕は【隻眼の剣士】ポチ!
 命が惜しくばその人から離れろ!」
 
 
……!?

55.泣

2007年6月24日
「いってて」
引き抜くと痛いので体に突き刺さったツララを【ゼロ:B】で消していく。
地面にあるツララも邪魔なので適当に消した。
 
スキルレベルアップ:ゼロ【A】
唐突に出る脳内文字。
……なんか変なところでスキルアップしたなぁ。ま、いいか。
 
グィンセイミに悟られる前に石版の前に急ぐ。これを見られちゃあ俺のミスが分かってしまう。
いや、あの土塊は断じて俺のせいで出てきたわけじゃないが。
 
石版を良く調べてみると、左右に凹みが有った。
ここに手を突っ込んで引き出せということなんだろう。
石版には『汝無駄な争い避けたくば、目前石版引けばよし。さすれば道が開けよう。待つは癒しと帰還なり。』と書いてあった。
つまりこの石版を引っ張り出すことによってまた何か仕掛けが働くということだ。
癒しと帰還というのも気になる。引かない手は無いだろう。
 
グィッ、案外軽く引き出すことができた。
途端、壁が崩れた。ゴーレムが出現したときのような音は響かない。
壁は静かに砂となり、さらさらと消えるように地面に落ちた。
   
 
壁の向こう側は一言で言うとまさに"神聖"だった。
空気は澄み切り、淀んだところがどこにもない。壁一面発色性のコケで覆われていて怪しげに光っていた。
 
「こりゃあ……噂にだけ聞いたことがあるが、癒しの泉ってぇやつだな」
グィンセイミがいつの間にか俺の背後に立っていた。
『全てを癒す、神の泉』……
 
俺の動物的本能がそうしたのか、泉に導かれたのかはわからない。
しかし気づいたときには俺の体は泉の中に沈んでいた。
暖かいような、冷たいような、それでいて優しいような。そんな感覚だった。

浅い傷は見る見るうちにふさがり、深い傷も完治とは言えないがもう痛みは感じなくなっていた。
グィンセイミはというと自分の傷はそっちのけで鉱石の袋を取り替えていた。(前の袋は土塊を粉砕したときに一緒に粉々になった)
そりゃあ傷は浅いかもしれないが……別に関係ないか。
 
 
「ん?あの奥のは……?」
泉につかりながら周囲を見渡していると他とは違う箇所を発見した。
さっきまではひかりごけの発光で分からなかったが、目を凝らしてよく見てみると泉の奥に縦に伸びる光が見える。
泉から上がり光に近づく。
白く輝く光が地面から天井まで伸びていた。地面に描かれている六芒星の魔方陣から光は発せられているようだ。
ポータル……そう、確かこの形はポータルの魔方陣だ。
フォロッサの図書館の蔵書で何度か目にしたことがある。
ある空間から別の空間へ飛ばす魔法。
テレポートとの違いはその持続性。
長距離移動や長時間持続には高い魔力を必要とするが、ポータルの何よりのメリットは複数名を移動させることができることだ。
 
「さて、どうするべきか」
石版の文字のことを考えると、このポータルは恐らく『帰還』用なんだろう。
だけど確証はない。
このポータルの移転先が例えば溶岩の中という可能性もある。そんなことがあったら一瞬で昇天だろう。
グィンを呼び、その旨を伝える。危険性を考えるとこのポータルは利用しないほうがいいかもしれない。
 
 
グィンセイミは目を瞑り暫く考えた後、こう言った。
「よし。いい案がある。お前見て来い」
 
ドンッ 背中に衝撃が走り体がポータルに傾く。
はっはっはー どうやらグィンセイミに突き飛ばされたみたいだ☆
 
 
 
グィンてめえええええええええええええええ!!!!!
 
ポータルに触れる直前。
火事場の馬鹿力という奴だろう。
俺は体を捻り、グィンセイミのシャツを掴み、引っ張り込んだ。
 
 
 
 
  
――――――――
 
 
 
気づくとそこは草原だった。 
「テメェ!俺まで引き釣り込んだら俺の作戦が何の意味も無さねぇじゃねぇか!」
俺にとっては意味大有りだ。もしマグマの上に落ちてもお前を殺すことが出来るからな。
 
 
「チッ、まぁいい。
 この気候と地形は……シムシか中立国『』だな。
 カイドに落ちなくてよかったぜ」
俺としてはお前だけが氷山の中心に落ちてくれればよかったんだけどな。
 
 
頭の中はグィンセイミの殺害計画で一杯だったが、
俺の耳は冷静だったようで遠くからの声を拾うことが出来た。

「……ひっく…うううひっく…いや…殺さないで……」
 
 
微かに泣き声……?

54.奇

2007年6月22日コメント (2)
「うおおおお!?何だこれ!?」
動かない動けない!
足は完全に凍り付いてしまって微動だにしない。
とにかくこの氷を早く溶かさないと、待つのは土塊の巨体でペースト状になるかツララで蜂の巣になるかだ。
 
手を足にかざし【炎魔法】を使おうとして俺は重要なことに気付いた。
分厚い魔法で作られた氷、炎の程度がわからない。
もし弱すぎる炎なら氷は溶けることがないだろうし強すぎる炎なら氷は溶けるだろうが同時に足も丸焦げだろう。
考えてる暇はない。土塊は第四撃目を行うためにむくむくと膨らみ始めていた。
 
 
何もしないで殺されるぐらいなら、と考えやけくそで【炎魔法】を放とうとした時ふと思い付いた。
もしかしたらこれも【ゼロ:B】でいけるんじゃないか?
 
下半身の氷に両手を添える。すると即座にシュッという音とともに氷は消え去った。
手を離しても再び凍る兆しはない。
なるほど、【ゼロ:B】の魔力を0にする力が大分よく分かってきた。
呪いや魔法剣などの永続的に魔法の流れているもの(言ってしまえば人と同じ魔力の流れをもつもの)の場合は魔力を0にしたところで手を離した瞬間魔力は再び流れ出してしまう。
けれども人やモンスターが作り出した瞬間的な魔力、つまり攻撃魔法や防御魔法は一度魔力を0にしてしまえば二度と戻ることは無い。
 
となると土塊の凍らせる白い霧は怖くない、凍っても【ゼロ:B】で解除すればいいだけの話だ。
気をつけるのはツララだけ……そこまで考えた時やっと俺は奴のことを思い出した。
グィンセイミはどうなった?
振り返って背後を確認する。
 
 
全身凍り漬けのグィンセイミ、
 
はいなかった、実に残念だ。
 
グィンセイミは鉱石の入った袋を盾にして難を凌いだようだ。
 
 
「おいグィン、力貸せ。お前の力が必要だ」
これは本心だった。
たぶん奴は魔法型のゴーレムだ。多少なりとも魔法耐性を持っているだろう。
クサモチのような大魔法で一瞬にして粉々にするならまだしも俺の低魔力でこいつにダメージが通るとは思えない。
 
「んだ馴々しいな、言っとくが俺はカイドの人間に利用されるのはごめんだぜ」
 
土塊の第四撃目。グィンセイミのいる鉱石の裏に隠れて攻撃をかわす。
「利用じゃねえ、協力するんだよ」
 
グィンセイミは訝しげに俺の顔を見てきたが無視して話を進める
 
「いいか、俺が何とか奴の隙を作る。
 どうやらあの土塊は攻撃前に膨らむ動作が必要みたいだ。
 だか最初に不用意に近付いたときのことを思い出してみると、奴は膨らまずに攻撃をしてきてた。
 つまり緊急時は溜めなしで攻撃できる可能性があるってことだ。
 それでもいくら緊急時といっても2連続で溜めなし攻撃ができるとは思えない。
 だから俺が奴に突っ込む。
 奴が俺に向かって攻撃してきたらその隙を突いて土塊野郎をぶっ壊せ。
 お前ならできるだろ、それくらい」
 
「俺は嫌だぜ」
 
「お前の意思なんて聞いてねえよ!黙って助けろ、頼んだぞ。」
 
第五撃目の衝撃が走る。
それを合図に俺は鉱石の盾を抜けだし全力でダッシュした。
土塊に溜め攻撃をさせちゃあ意味がない。
緊急攻撃をさせるためにすぐに土塊に近付かなくてはいけない。
 
 
賭けだった。
土塊が緊急時に連続攻撃ができない保証はないし、何よりグィンセイミが俺に協力する保証もない。
 
走りながら【水衣】を張り、そしてファイアーウォールの準備をする。
これで瞬間のツララ攻撃なら大半の攻撃が防げるはずだ。
 
 
攻撃は土塊の周囲3mに入った時だった。
土塊の体が一瞬震え、蓄えてあったであろう大量のツララが俺目掛けて発射された。
どうやらさっきまで空間全体に飛ばしていた全てのツララを俺に向けたらしい。
好都合だ、これでグィンは心置きなく土塊に近付ける。
 
4本のツララがファイアーウォールを抜けた。溶かし切れなかったツララだ。
一本が【水衣】をはじきとばし、残る三本がガードを失った俺に容赦なく突き刺さる。
手足で頭と胸を守ったおかげで致命傷にはならなかった。
反動で後ろに吹っ飛ぶ。
後はグィンセイミが予定通り来ていれば……
  
地面に転がりながらグィンセイミがいるであろう場所を見た。
 
 
いなかった
 
 
 
いや、
 
すでに奴はジャンプし宙に浮いていた。

 
 
「胸糞わりぃが仕方ねえ!言っとくが俺はお前に協力したんじゃねぇ、利用されてやったんだ!」
 
予想外のことが起った。グィンセイミが攻撃を加える直前、土塊の体がまた一瞬震えた。俺への攻撃でツララは出し切っているはずなのに!?
 
 
俺の考えは確かに当たっていた。土塊はツララはだしきって、2連続で出すことは出来なくなっていた。
ツララは。
 
  
土塊から放出される大量の霧がグィンセイミを包む。冷凍の霧だ。
 
まずい、グィンが氷漬けにされて土塊に攻撃ができなかったらもう終わりだ。
【ゼロ:B】で解凍できたとしても囮役の俺は傷のせいでもう囮になるほどのスピードが出せない。
もう一度この作戦を実行するのは不可能だ、他に手もない!
 
 
 
霧が晴れる。
 
グィンセイミは完全には凍っていなかった。
腹や足が白く凍り付いているが動けないほどではない。
凍らなかったのは鉱石をいれた袋のおかげだろう。
袋は完全に氷の塊となっていた。またもや袋を盾にし直撃を避けたようだ。
 
「ナメんじゃねぇぇぇ!!」
グィンセイミの武器はツルハシではなかった。
氷岩と化した袋を振りかぶり、そのまま真下に叩き付ける!
土塊は粉々になり、そして消え去った。
 
 
 
不思議だった。
俺とグィンセイミは他人では無くなっていた。
お互い信頼しあっているわけではないが、奇妙な関係が芽生えていた。
こいつは本当はそんなに最低な奴じゃ……ゴスッ
 
「痛ええええええ!!!!何しやがんだこの筋肉バカが!!」
  
「それはこっちのセリフだ!何が2連続攻撃しない、だ!
 てめぇのせいで俺は危うく氷像になるところだったんだぞ!」
 
「ああ!?倒せたんだからいいじゃねえかよ!
 俺の作戦のおかげだろうが!」
 
「相変わらず減らず口を叩く野郎だな、まぁいい。
 利用されてやったんだ。
 これから俺はお前をこき使ってやるからな。
 『お前の意見なんか聞いちゃいねぇ』だ。覚悟しろよ」
 
 
やっぱりコイツは最低な男だ。
「おいてめえ!ウルトン!何しやがった!!!」
「知らん!断じて俺は知らん!!
 そんなことよりどうするんだよこいつ!」
 
グィンセイミの怒声に答える。だけど今は口論している場合じゃない。
目の前にそびえる巨大な岩。
岩のモンスターといえばゴーレムが1番メジャーだが、
コイツはゴーレムというよりはただの土の塊に近い。
頭らしきものは存在せず、腕も腕というよりはただの巨大な土塊がくっついているといった感じだ。
 
「オオオオオオオ!!」
咆哮とともに倒れこんでくるゴーレム。言い間違いではない。
その行動はまさしく倒れこむ、だった。
巨大な土塊が地面に激突するのと同時に地面がえぐれる。
土塊のくせに見た目よりだいぶ硬く、そして見た目どおり重い体をしているらしい。
 
急いで間合いを取る。大丈夫だ、こいつの動きはかなり遅い。
「おいウルトン!ノロマな土塊を両側から挟みうちにするぞ!」
「うるせぇ!言われなくても今からそうするつもりだったんだよ!でしゃばんな筋肉!」
 
土塊の右腕側に回りこむ。土塊はまだ倒れている。大丈夫だ、いける。
土系のモンスターには何の魔法が効く?【炎魔法】や【雷魔法】は無いな……
見ると反対側ではもうグィンセイミがツルハシを構えて飛び掛っていた。
えーい!オーソドックスに【水魔法】!水圧でぶっ壊してやる!
 
 
 
ブシュシュッ
え……?
 
 
左足に軽い痛み。見てみると裂けていた。
頬をなでると手に赤いものがついた。

 
 
 
「いってええええ!ただの土塊じゃねぇ!氷が飛び出しやがった!」
土塊を挟んだ向こう側から聞こえるグィンセイミのいつもの怒声。
一瞬止まっていた思考が、再度働き出す。
土塊の体が膨らむ。来る!
 
大きく後に間合いを取る。周りの地面にはツララが大量に突き刺さっている。
連射ツララ攻撃か……【水衣】では連発した攻撃は防げない。
土塊の癖に生意気な!
 
膨らみきった土塊の体から大量のツララが高速で飛び出す。
それより一瞬先に詠唱を唱えきる。
修行の成果、「大きな壁」をイメージする。【炎魔法】に、固定化。
俺の前に炎の壁が出来上がる。高さ1m幅2m、【炎魔法:C】と俺のイメージ力じゃまだこんなもんか……
 
しゃがんで炎の壁の後に隠れる。小さくて心もとないが炎の威力はツララを溶かすには充分だったようだ。
ジュッという音ともに攻撃が止む。
次の攻撃が来る前に何か対策を立てないと……
 
もしかしたら【炎魔法】が効くかも知れない。それに炎で包んでおけばツララの恐怖は薄まるはず……
俺は【炎魔法】の詠唱を始める。Cランクでは力不足かもしれないが火あぶりにしてやる!
 
 
 
……土塊には火はつかなかった。効かなかったわけではない。
詠唱を唱えきる前に後から何者かに殴られたからだ。
 
 
 
 
グィンセイミだった。いつの間にか俺の背後に回りこんでいた。
 
「何すんだてめえ!!今俺が取って置きの魔法を使おうとしてたのに!」
「ばっか!お前やめろ!魔法はやめろ!!」
殴られた理不尽さと行動の意味不明さに俺は抗議したが、グィンセイミはなにやら焦っているようで聞く耳を持たない。
口論している間にも土塊は立ち上がろうとしている。時間がないのに!
 
「なんでだよ!?このまま何もしなかったらツララで串刺しになるだけだぞ!」
 
「お前、魔法は暴発したらこええのをしらねえのか!?
 この洞窟ぐらい吹っ飛ぶぞ!!」
 
はぁ!?暴発しねえよ!素人は引っ込んでろ!」
 
 
とりあえずグィンセイミがバカだということが分かっただけで俺達の猶予時間は無くなった様だ。
土塊は既に立ち上がってムクムクと膨らんでいる。第三撃目か!
 
今度は俺の魔法詠唱よりも土塊の攻撃のほうが早かった。
だけどそれは1撃目2撃目の攻撃とは明らかに違った。
土塊の全身から白い霧が出ている。何だ?冷気……?
 
 
体を襲う強い寒気。気づいた時にはもう遅かった。
下半身が丸々凍り付いていた。

52.誤

2007年6月21日
鍾乳洞に入ってから数日はたっていた。
時間の感覚がないのではっきりとは分からないが多分そうだろう。
(グィンセイミの奴は何かで時間を確認しているようだったが
 奴に教えてもらうのは癪なので聞かなかった)
 
それまでの採掘の結果はまちまちだった。
当たりもあれば外れもある。
どうやら【発掘:B】では埋まっているものの細部は分からないものの、何も埋まっていないということは無い。
これが逆に性質が悪い。可能性としては地雷を掘り当てるコトだってある。
流石に地雷はでなかったが、腐ったアイテムや眠り薬トラップ、果ては生物であるはずのモグラモンスターまでもを掘り出してしまった。
しかし得た鉱石も多く、グィンセイミの担ぎ上げている袋はもうすでにグィンセイミの3倍ほどの大きさになっていた。
 
その日もグィンセイミは鉱石を探すために【発掘】を使い、俺は手持ち無沙汰にぶらぶらしていた。
(初日以降グィンセイミは俺に手伝えと言わなくなった。
 俺のパワーをこんなことに使うのは恐れ多いと思ったんだろう。
 決して役立たずだからというわけではない、決して。)
 
カチッ
それは俺が欠伸をしながら壁に寄りかかったときだった。
何か音がしたので壁を良く調べてみると文字が彫られている。
 
 ”癒しの泉、聖なる泉。全てを癒す、神の泉。
  汝無駄な争い避けたくば、目前石版引けばよし。
  さすれば道が開けよう。待つは癒しと帰還なり。
  汝己の力知りたくば、目前石版押し込むべし。
  さすれば岩の化身が動き出す。汝の実力試されよう。
  誤り無いよう答えるべし。必在するは求める道。 ”
 
 
なるほど、
 
 ―ゴゴゴゴゴ
 
断じて、
 
 「何だ?おいウルトン、お前何かしたか?」
 
俺が、
 
 ―ズゥーン……ズゥーン……

やったわけでは、
 
 目の前には、巨大な岩のモンスター。
 
 
ない!!!!

51.声(54から交換

2007年6月21日
穴から抜け出し(簡単に言えば肩車の形をとった。水魔法で穴を満たすとかいう方法もあったが濡れるし面倒なので手っ取り早い方法をとった)暫く鍾乳洞内を探索してから各自睡眠を取ることになった。
外の光が入らない洞窟内なので今が朝なのか夜なのかは分からない。
グィンセイミはすぐにいびきをかき始めたが俺は特に眠くも無いので魔法の修行をすることにした。
 
『中級者-上級者との圧倒的な差-』を開く。
「えーと、……ここからか。
 『イメージの固定化のワンランクアップへの修行』か……
 何々、今まででは例えば【炎魔法】を使うときは漠然と「炎」をイメージし固定化してきました。
 この方法では魔法の威力を増大させたり、バリエーションを増やすことは困難です。
 そこで今回は物質や感情をイメージし、それを魔法に固定化する方法を紹介します。
 つまりは「怒りの感情」のイメージを【炎魔法】に固定化するようなことです。
 こうすることにより炎は激しく燃え上がり、とても攻撃的な軌跡を描きます。
 …なるほどなるほど、えーと次。
 
 もちろんこの方法を用いれば「怒りの感情」を【氷魔法】に、「悲しみの感情」を【炎魔法】に固定化することも可能です。
 様々なオリジナル魔法はこのように作られていると言っていいでしょう。
 しかしこの方法には注意が必要です。
 注意……?どっかにラインマーカーないかな。……無いな。
 
 感情のイメージ力が不足していたり、イメージの魔法への確固たる固定化ができなかった場合、
 魔法は自身の思うようにコントロールできず、最悪の場合暴発することもあります。
 なるほど……修行をきっちりとやれってことだな!任せとけ。
 そのためにも初期の頃はイメージを固定化するのに役立つ魔法の詠唱は必須となります。
 それでは既存の魔法で「物質や感情のイメージの個別化」による方法を実践してみましょう。
 えーっと、水魔法はー p305っと。 何々。
 
 【水外殻】……この魔法は使い方によっては最上級防御魔法となりえます。
 すげえなおい。イメージする物質は殻、それもとてつもない強度を持った殻をイメージしてください。
 殻、殻っと……殻だな…
 慣れてきたら「断固たる意思」のような感情イメージを織り交ぜるのも効果的です。
 断固たる意思……抽象的すぎないか? いや、できるできる。断固たる意思…殻…
 魔力の高さ、イメージの豊富さ精密さ、それらを【水魔法】に固定化する確実さ。
 これらが【水外殻】ひいては全ての水魔法の威力を高めます。
 うっし……なるほど……  ……しばらくはこの修行だな。
 ……じゃあまず【水外殻】の練習を…… ……その前に【流砲】で試すか……
 ………いや、もう一回読もう……」
 
俺がページを元に戻そうとしたとき、何も無い空間に突如響き渡る声がした。
 
“緊急イベント告知! シムシ極東の町、ルツェンにて、最強最悪のモンスター【無神】が復活しました! 【無神】の力は放っておけば世界を滅ぼすほど強大です! プレイヤーの皆さんは、力を合わせて【無神】を倒してください! 以上です”
 
洞窟内で発せられた音声ではないだろう。恐らく全世界に響く声。
最強最悪のモンスター【無神】についての疑問が沸きあがってきたが、ヤツの怒鳴り声がそれを掻き消した。
 
「てめえうるせえんだよ!!!意味不明なこといってんじゃねえ!!!」
 
「これは俺じゃねえよ!きちんと聞いとけ!俺は一言もしゃべってねえ!!」
 
 
【無神】―史上最悪のモンスター―
  だが、俺達がそいつに関わることは無いのだった―

50.陰

2007年6月19日
「チッ、仕方ねえな。お前が掘って俺が掘る。その繰り返し、交替交替だ。文句ねぇだろ」
相変わらず図々しいがコイツにとってはこれでも譲歩しているつもりなんだろう。
そういうことにしておく。
 
交渉を了承しグィンセイミからツルハシを受け取る。
ツルハシは結構重く両手でないと支えれない。あれ、グィンセイミの奴は片手で持ってなかったか?
いやいやそんなことは無い、断じて無い。
 
ツルハシを頭上まで持ち上げ、地面に思い切り叩きつける。自重によって地面に衝撃が走り、割れる。
地面にはサッカーボールの半球並の穴ができあがっていた。まぁこんなもんだろう。
「全然駄目だな。貸せ」
グィンセイミにツルハシを取られる。
埋蔵物がどれくらいの深さにあるのかは知らないが、もし俺の背より深く埋まっているならあと数十回は掘らなきゃいけないだろう。
発掘という作業はそもそも、地味にコツコツ掘り進んで埋蔵物を傷つけないように掘るものだというイメージがある。
折角掘り出したのに、狙いの物が傷物になってちゃ仕方ないからな。
 
うらぁああ!
発掘の地味さについて思考を廻らしていた俺は、グィンセイミの怒声によってlive世界に呼び戻された。
突如轟音とともに地面が揺れる。じ、地震か?揺れは3秒ほど続いた、一瞬洞窟が崩れるんじゃないかと思ったがその心配は無かったようだ。
 
地面にさっきまで無かったはずの穴が出来ていた。
   その大きさ、半径約1m、深さ約3m。
 
え、何、今のこいつがやったの? ……  ……嘘だろ?
 
 
「交替するまでも無かったな」
グィンセイミは今出来たばかりの穴を降りていく。底を覗いて見るとキラキラと何かが光っていた。
 
「これが目的の鉱石だ。名前はまだ無いが、耐熱、耐圧力、様々な耐性を持っている。強度では最高の新鉱石だな」
ぶっきらぼうに説明をしながらグィンセイミはその鉱石を次々と持ち上げ袋に詰め込んでいく。
全ての鉱石を詰め終えたとき、袋は小さな机サイズになっていた。
 
「おい、今から登るから手ぇ貸せ」
お前一人だった場合どうするつもりだったんだと言いたかったが、支離滅裂馬鹿には何を言っても無駄だろうから渋々と手を差し伸べることにした。
そのとき袋の陰にチラリと光るものを見た。
 
「何やってんだ、さっさと手ぇ貸せよ」
中々手を出そうとしない俺にイライラしながら声をかけてきたグィンセイミのことを無視し、
俺は穴に滑り降り、先ほど目に入ったものを拾う。
 
「馬鹿かてめぇ、お前まで穴に降りてどうすんだよ!」
「それくらい考えてないとでも思ったか、これだから筋肉馬鹿は……
 ……は置いといて、これ何だか分かるか?」
 
それは、ところどころに宝石のような輝きを持つ円状の物体だった。
中央には絵が彫刻されていて、天使が祈りながら天に昇っていくのを表しているようだった。
 
「……少なくとも鉱石ではねぇ。恐らく何らかの魔法アイテムだろ。
 俺はいらねぇ、お前が持ってっていいぞ」
「……何でだよ。お前が言うとどう考えても何かあるようにしか思えないぞ。
 また騙す気かコラ」
グィンセイミの意外な申し出に俺は率直に思ったことを返した。
大方このアイテムは一歩歩くごとに髪の毛が抜けていくとかいう呪いのアイテムだろう。俺はスンラにはなりたく無い。
 
「俺はな、前に言ったかもしれないが、魔法が、大嫌いなんだよ!
 魔法アイテムなんてもんを持ち歩くのは寒気がする行為だ、ただそれだけだよ」
 
理由を話す顔が、本当に嫌そうな表情だったので奴の言い分を信じることにした。
魔法が嫌いってのは気に食わないが、まぁ科学馬鹿のシムシの人間なんだから高等なことを分からせるってのが無理ってもんだろう。
 
円板を見つめる。
これが俺が離れ島に来てから初めて得たアイテムだ。
こうやって、旅の記録をつけるように、各地でアイテムを収集するのもいいかもしれない。
それにこれはあの人に似合いそうだ。蒐集家なんだからきっと喜ぶだろう。
そんなことを考えながら、天使の円板をポケットにしまった。

暇つぶし2

2007年6月18日
ウル→ウルトン グィ→グィンセイミ

ウル「……」
グィ「暇だな」
ウル「話しかけんな野蛮人」
グィ「なんだとこら」
ウル「文句あんのかこの野郎」
グィ「しりとりで勝負だ!」
ウル「お前魔法が怖いからだろ」
グィ「シムシ!」
ウル「問答無用かよ……
   シマウマ」
グィ「マラカイボ湖!」
ウル「(マラカイボ?)コアラ」
グィ「ランボルト」
ウル「誰だよ……トナカイ(なんで俺しりとりやってんだ?)」
グィ「インドムカデ」
ウル「それいるのか本当に。でんでんむし」
グィ「シムシ」
ウル「お前それさっき言っただろ」
グィ「言ってねぇよ」
ウル「いや思いっきり最初の単語だろそれ!!」
グィ「言ってねぇってば」
ウル「嘘つくなよてめぇ張り倒すぞ」
グィ「チッ」
ウル「チッってなんだよてめぇふざけんなよ」
グィ「シーラカンス」
ウル「……スルメ」
グィ「お前それさっき言っただろ」
ウル「言ってねえよ!!!」
グィ「言っただろ」
ウル「ふざけんなよてめぇ本気で昇天させるぞ!」
グィ「チッ」
ウル「……(詠唱中)」
グィ「わかった!わかったから!言ってねえよ!お前は断じて言ってねぇ!」

暇つぶし

2007年6月18日
―フォロッサ大図書館
 
「あの……」
 
「はい、いらっしゃいませ!フォロッサ大図書館にようこそ!
 ご利用は初めてですよね?本日は何をお探しですか?」
 
「え、えーっと……
 (この受付のお姉さん可愛いな……)
 一緒にお茶でも……あっいえっなんでもないです!
 (俺何言ってんだ!ここは冷静に……)
 や、やく、薬草を調べに、来たんですけど!」
 (あっやべ!何の本かいい忘れた!
 『身体能力増強薬-薬草種-』です、って付け加えるべきか?
 いや、迷惑かけるだろうし自分で探そう……)

 
「ふふっ。『身体能力増強薬-薬草種-』ですね?
 そちらの棚の上から3段目に収納されていると思うので
 どうぞご利用ください。」
 
「えっ!?あ、はい、ありがとうございます(……?)
  
 
 
== 
 
「ねえ、今の人。絶対ユキのこといやらしい目で見てたわよ」
 
「そんなこと無いですよー。いい人でしたよ?」
 
「……【読心術】なんてスキルもってて嫌になったこと無いの?
 感情が読み取れちゃうわけでしょ?
 私だったら人間不信になると思うけど」
 
「【読心術】は不安定なスキルですから、全ての感情を読み取れるわけじゃないんですよ。
 それにね、心の中のことが表れやすい人は、素直でいい人なんですよ」
 
「素直にも方向があると思うけどね……」
 
――――――――――――――――――――――――――――――
 
「いらっしゃ……あら、【雷撃の魔道士】さん、お久しぶりです。
 今日はどうしたんですか?」
 
「…………暇つぶし……」
  
 
 
== 
 
「で、あの暗そうな人は?いい人なの?」
 
「失礼ですよ、仮にも【雷撃の魔道士】なんですから……
 そうですね、今まで心が読めたことは無いですね」
 
「んじゃ悪い人?」
 
「いえ……目が合わないんですよ、髪の毛で」
 
「なるほど……
 あの人、フォロッサ大図書館でなんて呼ばれてるか知ってる?」
 
「…………【ワカメの暇道士】……」
 
――――――――――――――――――――――――――――――
 
「いらっしゃいませ!
 ……今度は【幸運の女神】ですか。
 おはようございます。
 今日も古代白魔法の蔵書探しですか?」
 
「おはようございます、【知識の司書】さん。
 本当ならそうしたいところなんですが……今日はお使いです。
 (全くもう……なんで私が……)

「なるほど……
 少し待っててくださいね。
 …… …… ……  ……  ……… ……………
 はい、案外近くにいましたよ。
 そこの角を曲がってください。多分風通しが良くて気持ちいいんでしょうね」
 
「ほんともう、すみません。ご迷惑をかけます。
 ……………………………
 …………………あっクサモチさん!!!!
 また会議の途中に抜け出して!!!
 いくら退屈だからって――――――」
  
 
 
== 
 
「あの人も毎度毎度大変ねぇ」
 
「そうですね……
 でもなんだか微笑ましいですよね、平和で」
 
――――――――――――――――――――――――――――――
 
(魔法を一から習うにはやっぱりそれなりに初心者用の丁寧に書かれてる本がいいだろうな……
んー!今からわくわくしてきたぞ。早く勉強したいなぁ。
初めから簡単に魔法が使えるとは思ってないけど、
それでも一生懸命頑張ればきっと使えるようになるよな!
目指せカイドNo1魔法使い!俺の将来は明るい!
……明るいよなぁ?そもそも魔法の素質0だったわけだからな……
いやいや、弱気になるな。どんな方法を取ろうが恥をかこうが、
できることは全てやろう。そうすれば必ず道は開けるはず……!
ファイト!俺!)

 あの、超魔法についてかかれている文献はありませんか?」
 
「(!?
 こんなに思考が明確に……
 何だろうこの感情、見守ってあげたい。
 こんなにも魔法を学びたがっている人、久しぶり。
 私が、この人に出来る限りのことをしよう……うん。)
 あ、はい!
 初心者のための魔法講座の本シリーズなら向かって左側のコーナーですね!」
 
「い、いや、あの、俺は
 (あれ?俺今何って言った?
 何か見栄張って全く違うこと言った気がするんだけど……)

 
「がんばって魔法を覚えてくださいね!フォロッサ大図書館はいつでもあなたの味方です!」
  
 
 
== 
 
「……で、今の人は?」
 
「多分、すっごくいい人ですよ!」
 
「……そう?ただの自信過剰な人に見えたけど……」
 
「そんなことないですよ!あんな人は初めてです!
 きっとすごい大物になりますよ!」
 
「……まぁ別に興味ないけど……」

49.理

2007年6月18日
「よし、ここだな」
鍾乳洞に入ってから随分歩いた。もうそれなりに奥に来ているだろう。
人が通れるかどうか危ういぐらい狭いところも何箇所かあったが今は開けた空間に出ている。
 
「何がここなんだ?」
「ここに何かが埋まってるってことだ」
言うなりグィンセイミは背中のツルハシを手にした。

「何でそんなことが分かるんだ?」
「【発掘】ってスキルだ。
 まだランクBだが、これを使えば採掘はかなり楽になる。」

地面を掘りだすのかと思って見ていたら、グィンセイミはツルハシを俺のほうに向けた。
「ちょっとお前掘ってみろ」
何を言い出すんだコイツは。
 
「何でお前が掘らないんだよ」
「それはアレだお前、発掘の楽しさを教えてやろうとして、な」
怪しい。どう考えても怪しい。
今までのこいつの行動からしてこんな理由が出てくる時点でおかしい。
真っ当(グィンセイミにとって)な理由があるとすれば「掘ると疲れるから」だ。
 
「……何が埋まってんだ?」
 
「………………そう!レアアイテムだな!
 しかも魔法アイテムだ!よかったな!てめえにぴったりだろ!」
今の間は何だよ。
 
「てめえ嘘だろあからさますぎんだよ!」
 
「チッ。
 わかったわかった。じゃあよ。交替交替で掘るってのはどうだ?
 まずお前が掘れ。で俺が掘ったらお前が掘って、さらにお前が掘って、俺が掘る。
 その次はお前の番だ。どうだ?」
 
「ぶっ殺されてえのか!」
そろそろこいつの支離滅裂っぷりにも慣れてきてしまった。

48.黒

2007年6月18日
「ほらよ、今シムシとカイドは戦争中だろ?」
 
―ゴツゴツした地面を歩く。湿っているので注意しないと転んでしまう。
 
「んでな、シムシも物質不足でな。
 シムシの科学はカイドの魔法なんかにゃ負けるはずがねえ。
 負けるはずがねえが物質が切れるのは仕方が無い。科学の唯一の難点は材料がいることだな」
 
―モンスターは現われない。
 
「そんでこの離れ島だ。
 この離れ島には大量の良質な鉱物が埋まっているって噂だ。
 だから俺が取りに行ってやることにしたのさ」
 
―というかてめえが前歩いてるとでかくて前方がみえねえんだよデカブツが。

「いや、俺はシムシが勝つことを疑っちゃあいねえが。
 でもな、俺が材料を持ち帰ることでシムシが完全勝利を収められるのならやってやろうじゃねえか」
 
―滑って転んだ。
 
 
そんなわけで俺はグィンセイミと一緒に鍾乳洞にいる。
鍾乳洞は真っ暗だったが、グィンセイミの持ってきたランタンっぽい機械でだいぶ明るい。
本当は俺も炎魔法で明るくしようと思っていたんだが、グィンセイミのやつが頑なにそれを拒否した。
グィンセイミは支離滅裂で最悪な男だが、シムシのことを本当に大切に思っていることは分かった。
こいつのことをもう少しよく知ってみるのもいいかもしれない。お姉さんもいろんな人に会えと言っていたし。
 
「だけどお前は何で俺に付いて来てんだ?
 カイドの人間ならシムシの人間の手伝いをする必要はねぇだろ」
 
「さぁな」
こいつの働きでカイドの民が死ぬかもしれない。
でもそれはシムシにとっても同じこと。こいつが材料を持って帰らなければシムシの民は死ぬ。
それにしてもアトラは何をやってるんだ。戦争?あいつらしくない……
 
「あーそうかい、言っとくがお前が勝手についてきたんだぞ?
 俺は存分にお前を利用させてもらうからな」
 
……こいつ、体の中真っ黒なんじゃないか?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 >

 

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索