94.生 (91から

2008年6月16日
「いやあすまんすまん。つい勢いでの」
 
 俺を思い切り投げ飛ばしたアトラはカッカッカッと笑った。苦労の末謝ったというのに勢いなんて理由で投げられてたまるか。腹いせに金を貸せという要求を突きつけたが、働けの一言で一蹴された。
 
「そういや」
 アトラに会いに来たのには謝罪のためと金を借りるため以外に、もうひとつの理由があった。いくら探しても見つからない『性質』についての情報を得ることだ。
 
「魔法の『性質』について何か知ってないか?魔道書を探しても詳しいことが載ってないんだよ。クサモチは訳の分からないことしか言わねーし」
「『性質』? お主魔道書を調べたのか?」
「そうだけど?」
 
 『性質』は魔法の基本技術なんだから、魔道書を調べるのが普通じゃないか。料理本や哲学書に載ってるわけがない。
 
「『性質』つまり、平たく言うと『感情』の操作が魔術書に載っているわけがなかろう」
「魔道書じゃないのか!?」
 
 俺が『性質』が載っている本を探すために費やした時間をいったいどうしてくれるんだ。それもこれもクサモチが悪い。あいつ次にあったらぼこぼこにしてやる。
 
「まあ魔道書にもいくつかそういう記述があるかもしれんが、少ないじゃろうな。
 フォロッサ大図書館になら感情操作専門の書物もあるじゃろうから、調べてみればいいじゃろう」
 
 こんな簡単なことなら、アトラにわざわざ聞きに来なくても図書館の司書にでも質問すれば分かったかもしれない。本当に時間を無駄にしている。それもこれもクサモチの!
 
「おおそうじゃ」
 
 アトラは何かを思い出したように拳で手のひらを叩いた。腰掛けていたソファーの裏を漁りなにやらごそごそやっている。
 
「こんなものがここに来ておったんじゃが、もしかするとお主のかの?」
 
 俺のほうを向き直ったアトラの手にはカラフルな物体が掴まれていた。それは見た目は鳥のようでもあるが、微動だにしないところは銅像のようだった。
 
「これは……お姉さんの……」
 
 お姉さんのパートナー。遺跡で見失って以来、どこに行ってしまったのかわからなかったのに、こんなところに。そういえば、お姉さんの遺品、何も持っていない。そんなことを考える暇、無かった。
 
「お主がカイドを離れてから何があったか儂の暇つぶしに話してみい」
 
 知らず知らずのうちにパロットに手を伸ばしていた俺に、アトラは静かに言った。
 
 
―――
 
「なるほどのう、【知識の司書】がのう……」
 
 全ての説明が終わった。ジャスティス達に話したことと同じことを話すだけだったので楽だった。もちろんその後のジャスティスやらミンティスやらの話もしたので全く同じというわけではなかったが。
 アトラはうーむと数回唸った後、
 
「お主は、生きていないと思うか?」
「は?」
 
 唐突に言った。
 いったいこいつは何を言っているんだ。お姉さんが死んだ瞬間を見た目撃者がいるのに、何を。「昇天の光を確かに確認した」と言っていたんだぞ?
  
「儂は"あれ"を見てしまったからのう」
「あれ?」
 
「【無神】による死んだ人間の完全な蘇生。まああれは例外中の例外じゃろうが。
 じゃが、あれを見てからはどうも人というのはそう簡単に死ぬものじゃないと思えてきてのう」
 
 確かに俺は俺の目でお姉さんの死を確認してはいない。だけれどもあの遺跡の奴らが嘘をつくとは思えない。勘違い、ならありえるかもしれないが……事が事だけに勘違いなんてするだろうか。
 
「まあ気にするな。その鳥はお主が預かっておくといいじゃろう。わざわざここに来たということは、もしかしたらお主に会いに来たのかもしれぬからのう」
 
 アトラがパロットを投げてよこした。今まで石のように動きを止めていた体がふわりと動き、優雅に数回毒々しい羽を動かしたあと、パロットは俺の肩の上に止まった。それからはまたただの銅像のように動くことは無かった。

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