84.視

2008年5月29日
 普通のプレイヤーは衆からシムシに向かう場合は中立国を経由する。衆とシムシの国境であるアルル大渓谷は険しく、しかも隣国同士の小競り合いが続いているため、この谷を移動のために利用するのはよほど急ぎの用があるか無鉄砲なプレイヤーだけだった。ウルトンはその両方で、あまり知られていない小道を抜けていた。
 
(そういやあの時もアルル渓谷を横断したな)
 
 考えて、ウルトンの目に暗闇が増す。ユツキのことを思い出すと、どうしようもなく心がぐちゃぐちゃになる。悲しみなのか怒りなのかはウルトンにはわからなかった。ユツキの命を奪った世界がただ憎かった。
 
「いつまで付いて来るつもりだ」
 
 振り向かずに背後に対して言葉を投げる。反応して岩陰から姿を現したのは【猫かぶり】の少女だった。【猫かぶり】はどういうわけか遺跡を出た後ずっとウルトンをつけて来ていた。
 少女はウルトンの質問に質問で返答した。
 
「ウルトンさんも、いつまで続けるつもりです……?それ」
 
 ウルトンは【炎魔法】を歩きながら発動し続けていた。その魔法は敵を流動する炎で包み身動きをとらせなくし、魔力の高いものが使えばそのまま相手を消し炭にもできる。
 本来ならそういう使い方をするはずの炎が、今はウルトンの体を取り巻いていた。『体感しながら学ぶのが上達の早道』という"師匠"の教えを強引に実行した結果だった。炎の中心で本を開き、ぶつぶつ呟いているその姿は異様だった。
 
 炎により体が炙られ、炎の『イメージ』を直接体から覚える。流動させる事により体が感じる熱の移動がそのまま炎の『動き』として記憶され、さらに自身が前進しているため魔法も前に移動させ続けなくてはならないので『コントロール』も鍛えられる。効力切れから再詠唱を何度も繰り返す事により『持続』方法を学び、持久力と詠唱力が上昇する。
 イメージの個別化・固定化という点から見れば、確かにこの方法は理論的に最も効率が良いと言えた。しかし身体や脳へかかる負担は拷問に近いものがあった。皮膚のところどころがただれ、体内が熱を持ち続け、思考も定かではなくなる。
 
「……いつか死んじゃうんですよ」
 
 少女の呟く声が聞こえたが、ウルトンは聞こえなかった振りをした。ウルトンの目は何も視ていないようだった。

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