62.宿(71から)

2008年1月21日
 
「この女、俺たちに選択肢がないことを分かってて
 白々しい話を振ってきやがったんだよ」
 
このグィンセイミの発言によって、元々窮屈だった場の空気がさらに重くなった。
驚きだったのは、俺だけじゃなく、村人の何人かもグィンの奴を睨み付けていたことだ。
 
なるほど。短い期間のうちに、お姉さんはもうこの集落で人望を得ているみたいだ。
個人的な理由があるにせよ、集落に尽くしている程は半端ない。
慕われるのは至極当たり前のことだろう。
 
その後も重苦しい空気はしばらく続いたが、
耐えられなくなったリペノの「さ、作戦タイムにしましょう!」の言葉で何とかその場は収まった。
 
 
*
 
 
俺とリペノとそれにお姉さんは集落に一つある民宿に来ていた。
 
民宿といってもこんな辺鄙なところにある廃れた遺跡に観光客何て来るわけがなく、
それはかつて栄えていたころの面影を辛うじて残しているただの空き家だった。
 
「さて、それでは細かい説明をしましょう」
 
集会場で大まかな作戦を決めた後、【灰身】と直接対峙するであろう俺たち3人だけは
こうして小屋で作戦会議を続けていた。
 
「敵には召喚士もいます。きっと今偵察用のモンスターを使ってこのあたりをくまなく探させているでしょう。
 恐らく、明日にはもうこの遺跡は見つけられてしまうでしょうね」
 
【灰身】のメンバーであるサカグが【猫かぶり】の少女を遺跡を覆う森で見つけたことから、
奴らはすぐにでも遺跡の場所に目星をつける。
そして明日にでも遺跡を見つけ出し襲撃してくる、それがお姉さんの考えだった。
 
「でも、攻めてくるとしても普通ちゃんと準備を整えてくるんじゃないんですか?
 3人で来るってのはちょっと考えにくいんじゃあ……」
 
お姉さんの【検索】結果は、遺跡周辺の森に
【灰身】メンバーは3人だけ存在し、そして1箇所に集まっているということを告げていた。
1箇所に集まっているのは向こうも遺跡襲撃の作戦を立てているからだろう。
しかし3人だけというのがどうにも釈然としなかった。いくらなんでも自意識過剰すぎだろう。
 
「確かに通常ならもっと人数を集めてから攻めてくるでしょうね。
 遺跡は逃げませんし、私が居なければ彼らが攻めてくるということすら
 住民には分からないんですから。
 
 ……ですが、今攻めないと彼らにとって最も重要で逃がしてはならないものを
 補足するチャンスを失ってしまう可能性があるんですよ」
 
「最も重要って……一体何なんですか?」
お姉さんはその問いには答えなかった。
代わりに【読心術】を使うときのように、ただ俺の目をしっかりと捕らえて離さなかった。
 
 
*
 
 
「どうじゃろうか?明日は上手くいきそうですか?」
大分日が落ちてきたころ、長老が空き家に唐突に入ってきた。
【猫かぶり】の少女も一緒だった。両手に1冊の本を抱えている。
 
「ええ、この村に被害がないことを第一に考えて作戦を立てています。
 それよりも、グィンセイミさんは了承してくださいました?」
 
グィンは会議室から出た後、長老たちに連れられ俺たちと別行動を取っていた。
なんでも、奴にしかできない仕事があるらしい。
あの野郎にできるのは穴掘りか機械弄りしかないってのに大層なご身分なこった。
 
「ええなんとか……終始苦虫を噛み潰したような顔をしておられましたが、
 元シムシ市民の者が話をするとそれはもうあっさりと……」
 
リペノが複雑そうな顔をしていた。恐らくグィンセイミという奴の人間性が理解できないんだろう。
 
 
お姉さんと長老がグィンについて話しているので暇を持て余していると、
【猫かぶり】の少女が近寄ってきた。
  
「ウルトンさん。これどうぞ。」
さっきから抱えていた一冊の本だった。
 
「お兄さん、【ゼロ】なんですよね?
 蔵書に【ゼロ】に関する記述がある書物があったので、持ってきました。
 きっと役に立ててくださいね」
 
とてつもなく古い本だ。フォロッサ大図書館にあったものよりもボロボロで何とか文字を識別できるレベルだ。
恐らくLive初期に書かれた本なんだろう。
【ゼロ】に関する記述を探そうと今にも破れそうな本をパラパラ捲っている間に、お姉さんは長老との話を終えたようだ。
 
 
「それでは、今日はここに泊まり、明日【検索】の後所定の位置に移動することにします。
 恐らく大丈夫だと思いますが、絶対に無理はしないでください」
 
グィンセイミのことなどいろいろ不安はあるが、やるしかないだろう。

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