118.死(114から

2009年9月20日 日常
 一瞬だった。
 ウルトンは何もできず、既に起きてしまった出来事に呆然とする。
 
「ヤミハルううううううあああああああああああ!」
 
 そして我を忘れてヤミハル、フリオニールに向かって突進した。
 と同時に、フリオニールの口からまるで"人間のように見える、人間"が吐き出された。
 ところどころから血を流し、腕がおかしな方向に捻じ曲がっていたが、それはリペノだった。
 リペノはそのまま壁に打ち付けられ、短くうめき声をあげた。
 
 Live世界では昇天しない限り、死なない。その光はまだあがっていない。
(生きてる、死んでない!)
 軽く安堵した瞬間、強い痛みがウルトンの左腕を襲った。衝撃により雪の上を盛大にスッ転ぶ。
 腕を貫いた強い光は壁に当たって拡散した。雷魔法、背を向けたウルトンにクサモチが放ったものだった。
 衝撃こそ強かったものの腕には外傷は無い。その代わりにおかしな点が一つ。
 
「……?何だ、腕が…上がらない」
 
 攻撃を受けた左腕が、肩から下、指の1本たりともピクリとも動かない。
 
「雷撃は……一瞬で相手を消し炭にできる
 ……それじゃあつまらない。
 
 来い、ウルトン。魔導師として、真正面から……魔力勝負だ」
 
「へっ、今日は良く喋るな……いいぜ、そういうの嫌いじゃねぇ。
 だがちんたらやってられないんだよ!クサモチ、これでてめぇーをぶっ倒して、あの忌々しいドラゴンもヤミハルもぶっ飛ばして、そんで誰も死なせねぇ!」

117.喰(118から

2009年9月17日 日常
 これは、最後まで意識が残ったリペノの目線。
 
 気づいた時には、自分達がいた場所には黒竜の頭があった。
 状況を把握しようと周りを見渡すと、洞窟の壁から腕が一本生えていた。
 そして自分が何故尻餅をついているのか、何故黒竜の一撃を避けることができたのかを理解する。
 腕の持ち主は直撃を免れないことを理解し、仲間を突き飛ばし助けたのだと。
 
 ミンティスが何かを叫んでいた。が、それもすぐに終わった。竜の長い尻尾が鞭のようにしなり、桃色の髪の人間を宙へと強制的に移行させた。
 
 リペノは走った。ミンティスを救うために、疾走した。だが、無いはずの壁にリペノは激突した。
 いつの間にかあたりは暗闇に支配されていた。即座に立ち上がると地面が急にうねり始めた。
 地震などではない。まるで生き物のように地面が跳ね始める。
 
 ピンボールのようにリペノは跳ね、壁や地面に打ち付けられ始めながら、やっと理解した。
 自身が喰べられてしまったということに。

116.角(109から

2009年9月17日 日常
 ブラックワイバーン。その名の通り黒い鱗を持つ翼竜である。
 角のような派手な装飾は無く、他のドラゴン種と比べれば細身なほうに分類される。だがヤミハルの"フリオニール"は小さなビルほどのサイズがあり、羽を広げれば相当なサイズになる。
 ドラゴンテイマーであるヤミハルのパートナーであり、ヤミハルが【黒翼】と呼ばれる由縁でもあるその竜は、ヤミハルを押しつぶすはずだった落石をその体で全て受け止めた。
 
「ジャ、ジャス!ななな 何あれ!?」
 
「黒翼、ブラックワイバーン、だ。
……呼ばれる前にケリをつけたかったんだがな」
 
 ヤミハルだけでも、3人がかりの上に奇襲に奇襲を重ねてやっと追い詰めた、追い詰めることができた、ただそれだけ。
 この状況でフリオニールに対して成す術が無いのは火を見るよりも明らかだった。
 
「話には聞いていましたけども、僕も初めて見ました。あれが黒翼竜…
 …障害物がほとんど無い開けた空間、致命的ですね」
 
 リペノは呟きながらあの怪物に勝つ可能性を模索するが、出てくるのは無駄な希望だけ。
 もしここが狭っ苦しい建物の中なら。もしここがビルが立ち並ぶ街中なら。
 "もし"は何も意味を成さない。巨大な翼竜の動きを抑えられる要素は、この洞窟には一つたりとも存在しなかった。
 
(【メデューサ】を使うにしても、あの巨体…相当近づかないと。それこそ、本当に眼前まで)
 
 当の黒竜は首を地面近くまで降ろし、ヤミハルによって喉を撫でられていた。
 ぐるるると鳴きながら、気持ち良さそうにしている姿はまるで猫のようだったが、断じてそのようなかわいらしいものでは無い。
 
「さあ…遊びは終わりだ」
 
 ヤミハルは撫でる手を止め、慣れた手つきで首に登りあがった。
 
「いや、違うな。
 ここからは、フリオの遊びの始まりだ!」
 
「オオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
 
 フリオニールは喜びの咆哮を上げ、羽を大きく広げ、そして自らの獲物に飛び掛った。

115.乱(131から

2009年6月20日 日常
「チッ、爆発を食らってくれていれば楽だったんだが」
 
 まあ、そんなことは無いか、とジャスティスは続けてひとりごち、ヤミハルと自分との間に漂う煙の中に飛び込んだ。
 
「……拍子抜けだ」
 
 爆発矢を全て回避したヤミハルも、呆れながらひとりごちる。
 
「あれだけ手の込んだ武器を使いながら、結局は“目くらまし”とは……心底くだらない」
 
 言い終わると同時に、ジャスティスが粉塵から飛び出した。
 ヤミハルはこの攻撃を読んでいた。ジャスティスの動きにあわせて、右手一本で一直線に槍を突き出す。
 
 ジャスティスが突撃し、ヤミハルが迎撃。ここまでは両者の読み通り。
 ズレが生じたのは、ここから。
 
 ヤミハルの一撃は読みで撃たれたもの。動きに合わせたといっても、ジャスティスに避けられないものではない。
 
(もし煙の中に引くならば無理には追わない。ステップでかわすのならば、槍を薙いで仕留めるまで)
 
 これがヤミハルの思考だった。
 しかし、ジャスティスは、避けられる攻撃をあえて避けなかった。構えた弓、その中心で槍を受け止めたのだ。
 
「何!?」
 
 ギィィという金属音が響く。もちろん弓などで槍を受けきれるわけが無い。弾かれた槍はジャスティスの左肩を切り裂いた。
 
(何だ?避けれなかった?いや、今までの動きからしてそれは無い。受けきれると思った?ありえない。じゃあ何だ?わざと攻撃を、傷を負う意味が……)
 
 ヤミハルの一瞬の疑問。これによって本格的にズレが生じた。
 いつの間にか槍に撒きついていた紐と、背後から迫る気配に、ヤミハルは気づくのが遅れたのだ。
 
「覚悟っ!」
 
 リペノはジャスティスがほぼ飛び出すのと同時に、ヤミハルに向かって突っ込んでいた。既にその距離、約1m。
 走りこむ勢いを使って、足りない身長を補うように下から上へ刀を大きく振り上げる。狙いは、頭部。
 
 
 その刹那、ヤミハルは、回った
 槍に絡みついた紐と弓、そしてその持ち主であるジャスティスを槍ごと吹き飛ばす。そして回転の勢いのまま左足を大きく振り上げ、リペノを刀ごと蹴り飛ばした。
 この間、1秒未満。
 
 
 (蹴りで僕の斬撃を止めるどころか弾き飛ばすなんて。僕にもう少し、力があれば……
  いや、でも。 これはむしろベストな形!)
 リペノは飛ばされながらも体を丸め、滞空時間を長くし、わざと大きく吹き飛ばされ距離をとった。
 
「こんな」
 ヤミハルは息が弾んでいた。それが疲労によるものなのか怒りによるものなのかは分からないが、確実にヤミハルの精神は乱されていた。
 
「こんなセコい真似で俺を倒せるとでも―!?」
 
 ヤミハルの叫びが、遥か頭上から突如響いてきた爆発音によってかき消された。
 衝撃によって巨大な複数の岩石が天井から剥がれ落ち、さながら隕石魔法のメテオのように降り注ぐ。
 
(何だ?何が、何処が、何故、爆発する! 奴の爆矢は全て、否、一発、確かに一発高空に上がったまま爆ぜなかった!
 しかし、何故今まで爆発しなかった?不発弾だったとでも言うのか! そんなことで、片付けられるわけが……
 否、今はそんな事よりもここを離れる必要が……!?)
 
 そこで初めて、ヤミハルは自身の足の動きが鈍くなっている事に気づいた。何かドロリとした液体に浸かっているかのように重く、思うように動かない。無理やりにでも動こうと思えば何とかなるが、この落石を避けられるほどの機動力は得ることは不可能だった。
 
(またあの金髪の小細工か!?どうにせよ、すぐにでもタネを見つけなくては……!)
 
 奇策と波状攻撃の繰り返しにより、ヤミハルは混乱しきっていた。
 タネなど、見つかるわけが無い。それはミンティスの【念止力】による拘束だったのだから。
 
 ミンティスは作戦が始まってからずっと岩陰に隠れていた。
 ジャスティスが爆発矢を射ったとき、意図的に高空に撃たれたそれを"止める"。
 そしてヤミハルから二人が離れたときを見計らって解除。そのままヤミハルの足を"止める"。
 【念止力】は、力比べのようなもの。止める力が強いか、抵抗力が強いか。それは本人の力による。ヤミハル相手に全身は無理でも、足ならば止めておくことが出来る。
 
「くそ!動け!くそ!くそおおおッ!」
 
 ヤミハルは、それでも数歩、前に進んだ。だが、落石の直撃を免れられるわけが無い。ミンティスという奥の手を最後まで隠していたジャスティスの完全な作戦勝ち。
 
 
 
 かのように思われた。
 
 
 
「く  う うおおおおお
  
 
   おおおおおおお
 
 
 
       おおおおおおおお!!!!
 
 
 
 
     フ リ オ ニ ー ル ! ! ! 

114.爆(128から

2009年4月30日 日常
「一撃でいいんだな!?」
 
 ジャスティスの呼び掛けに反応するものはもちろんいない。
 ジャスティスは考える。一撃ならば方法が無いわけではない。確認、ヤミハルの立ち位置、岩壁は遠くない、岩の天井まで約5m、ヤツはオレ達の能力を把握していない。これならば、いける。
 アイコンタクトでミンティスとリペノに呼びかける。ジャスティスと長くコンビを組んでいるミンティスはもちろん、集団戦闘にも慣れているリペノにもそのアイコンタクトの”集まれ”という意味は正しく伝わった。
 ジャスティスは今得た情報、それにより組み立てた作戦を隣まで来た二人に手短に伝える。
 
「……はい、わかりました。全力でやります」
「でも……」
 
 リペノは一切の迷い無く頷いた。しかしミンティスには少しの戸惑いがあった。リスクが大きすぎたからだ。
 この作戦では、自分はまだしも、二人は無事ではすまないかも知れない、その思いがミンティスの決断を鈍らせた。
 
「【黒翼】相手では戦いを長引かせると、さらにリスクが高くなる可能性がある。コレで決めるしかないんだ。
 大丈夫だ、オレはオマエの能力を信じる」
 
「……うん、わかった。やろう」
 
 ミンティスのその言葉を合図に三人は方々へ散った。
 
「くだらないお喋りは終わったか?」
 
 三人の動きを目と感覚で追いながらヤミハルは言った。三人が何か作戦を立てていることはわかっていたが、特に何をしようとも思わなかった。自分と敵の力量を冷静に分析し、それによる優勢差が覆ることはありえないと踏んだからだ。
 大層な慢心に思えるかもしれないが、それは違う。手を抜くつもりも、舐めているつもりもヤミハルには無い。確実に始末し、何か奇策があるならば、自分はその上を行くだけ。自身の実力によって裏づけされた絶対的な自信は何よりも力となる。それにヤミハルは奥の手をまだ出していない。
 
「敵が秘策を実行してるってのに余裕だな。まあオレがオマエでも、この状況じゃそうなるかもしれないが」
 
 ジャスティスはヤミハルの正面に移動していた。弓を構え、すでに矢が3本番えられている。
 
「……秘策という言葉に嘘は無さそうだな」
 
 異質さがヤミハルの警戒心を高めさせた。番えられている本数が問題なわけではない。矢の芯が黒く濡れたように光っていることも理由ではあるが、さらに目立つ奇妙な点があった。矢の先端、本来鏃がついている位置に、それに代わって小さな円筒形の物質が付いているのだ。
 
「予想はついているだろうが、教えてやる。コノ矢は特殊な可燃性物質でできていてな。コイツを射つと弓との摩擦によって発火する。芯に含まれた高密度酸素によって飛びながら燃焼はさらに進行、そしてついには先端の“火薬の塊”に引火する。後は、わかるだろう?」
 
 爆発。それも相手の体に密着した状態での爆発だ。いくら特殊な甲冑を身に着けているヤミハルといえど、直撃すればダメージは免れない。それに、もし矢を回避したとしても爆発には確実に巻き込まれる。
 
「まあ精密さが無い上に、三本同時射ちとなると命中精度も下がるんだが……」
 
 ジャスティスは体の余分な力を抜き、必要箇所にだけ力を注ぎこむ。
 
「一本ぐらいは当たるだろう!」
 
 そして射った。
 
 三本の漆黒の矢は轟音とともに一瞬にして燃え上がり、空中に紅の線を描く。常人には見ることすらできないスピード、もちろんヤミハルにも見ることはできなかった。しかし、ヤミハルには矢の軌道が“視えて”いた。
 
(一本、届かず地に落ちる。一本、遥か上空)
 
 ヤミハルは経験から矢の軌道に予測を立て、そして確かにそのとおりになった。
 地の矢が爆発し、雪と土を舞い上げる。それによってヤミハルの前方の視覚は奪われたが、はたから矢など見ていないのだ。
 
(一本、直撃!)
 
 射ち方、構え、初期の矢飛び、それらから冷静に分析。自分に矢が直撃するビジョンが視えても、落ち着きを失うことは無い。
 
(矢の直撃を回避したところで、爆発は不可避)
 
 ならば、とヤミハルは考え
 
  槍を上に振り上げた。
 
 
 ガィン、という鈍い音が鳴った。

 「……ふん。舐められたものだな」 

 “空中で引火前に炎と分離された火薬筒”は、くるくると宙を舞った後、虚しく雪に突き刺さった。

113.遭(130から

2009年4月17日 日常
 ウルトン達が今戦っている洞窟の壁面にはいくつもの穴が開いていた。
 その横穴の一つから、身を乗り出した一人の男が底で繰り広げられる戦闘を覗き見ていた。
 
「さて、やっとのことですね。【目目連】、貴方の能力も対したこと無いですねぇ?
 ワタクシが見つけたいものなど、すぐさまに発見してしかるべきだと思うのですが」
 
―それは主の力不足だろう。私のせいでは……
 
「ああ!【ゼロ】様々ではないですか?
 これは実に素晴らしいタイミングで出会うことが出来ました!
 この出会いは、漢字ならばそうですね。"遭う"と表現するべきですかね?
 この字が使われている熟語といえば"遭難"がまず挙げられます。この漢字には、あまりよろしくないことに出くわしてしまった、といったような意味が少なからず含まれているのですよ?
 つまり、最悪な時に来てしまった、というワタクシの思いを読み取ってくれればとてもとても嬉しいですね?」
 
―……長々とご苦労ですが、誰も聞いていません。
 
 ミヤイニレはいつもの調子で無駄な言葉を吐き出し続けた。突っ込み虚しく無視された【目目連】が不憫に思えるかもしれない。しかしテレパシーで会話をしている【目目連】に対し、何故か実際に口を動かして言葉を発しているミヤイニレのほうが、はたから見ると空気と会話しているとても可愛そうな人物以外の何者でもない。実際にまともな人間か、と問われても困るのだが。
 
 グィンセイミの一撃によって『敵』の呪縛から逃れた後、ミヤイニレは【目目連】経由の短距離ワープを幾度も繰り返した。召還獣を介してスキルを使用するのは様々な対価が必要なのだが、今回は運も手伝い、対価を払いきる前に捜索対象であるウルトンの元まで辿り着いていた。
 本来ならここでウルトン達と接触し、自身の持つ情報をすぐにでも提供しなければならない。しかし今は状況が違っていた。
 
「近づけませんねえ?」
   
 リペノ・ジャスティス・ミンティスVSヤミハルの戦いは泥沼化していた。3人(ミンティスはほぼ戦力外なので実質2人)が波状攻撃を仕掛けるが、ヤミハルの槍の間合いには長くいられないため必然的にヒットアンドアウェイの形になる。ヤミハルもその状況に焦らず、無理に攻めようとはしないため、自然に消耗戦となっている。もしこの状況でのこのことミヤイニレが現れたならば状況が動き、瞬殺されるか巻き込まれるか、どちらにせよいい方向には進まないだろう。
 ウルトンのほうは、ミヤイニレの予想以上に善戦していた。【神泉】発動後、一部の『性質』操作をマスターしたウルトンは、魔法力が格段に上昇していた。雷撃を包み、弾き、時には【ゼロ:B】によって消し去り、危なげながらも激しい魔法の打ち合いに何とか耐えている。もしこの状況にミヤイニレが飛び込めば、流れ弾に直撃するか、クサモチに気付かれて殺されてしまうだろう。
 
「ふぅむ……
 ……【煙霞の跡なく目目連】」
 
 暫く考えた後、ミヤイニレは黒い靄に浮く大量の目玉に手を伸ばした。
 
―いいのですか。その身体で、支払いきれますか?
  
「まあ、何とかなるでしょう。【ゼロ】様と、ジャスティスのところに」
 
 ミヤイニレは少しだけ自虐的に笑った。靄に突っ込んだ両手を動かし、適当な目を2つ選び、そして握りつぶした。
 
 
=アーアー。えー、皆様方ご機嫌麗しく。お久しぶりでございますねぇ?本日は皆様に吉報ありとのことでご連絡を入れさせて頂いた次第でございます。
 
「何だぁ!? っとうぉ!」
 
 唐突に聞こえた声に驚いたウルトンは、危うく直撃しそうになった魔法を間一髪で避ける。その嫌にくどくどしい台詞はいつの間にか現れた目玉から発せられていた。
 
「……ニレか!」
 
 ジャスティスのほうは瞬時に声の主を理解した。ヤミハルの攻撃に注意を払いながらも、一言も聞き逃さないように耳を集中させる。
 
 
=粗方予想はついているかと思われますが、【雷撃】様と【黒翼】様は恐らく、ほぼ確実に洗脳されています。
  そしてその洗脳解除方法を、ワタクシはついに突き止めることに成功しました!偶然と偶然が重なりあった奇跡の御業ですね?
 
―つまりタダの偶然じゃないですか……長い口上は身を滅ぼします。早めに切り上げるのがよろしいかと。

「煩いですねえ。ここが恐らくワタクシの一番の見せ場になるのですから、これくらい良いではないですか」
 
 例のごとく、【目目連】の忠告は受け入れられない。
 【目目連】を通した、小型目目連へのテレパシーによる、言わば無線電話が最後の情報を伝える。

=その解除方法とは、脳に衝撃を与えることです。
  精神的ショックでも結構。これはリーダー様によって効き目があることが既に証明されてますね?
  まあ、この場合……
  頭部を一撃ガツンとやってしまえばいいのです。 

  それでは、健闘をお祈り申し上げます。ごきげ、ん……よう……
 
 その言葉を最後にミヤイニレは地に倒れ伏した。代償を払いすぎたため、立っていることが出来なくなったためだ。
 
―……長電話にはご注意を。
 
 主が倒れるのを見届けた後、目玉と黒い靄も霧散しその場から消え去った
 クサモチから放たれた魔法は、リペノ、ジャスティス、ミンティス、そしてヤミハルまでも含んで全てを、殺してしまう。
 最初は遅く、徐々に早く、あるラインを超えると高速で。
 
 
 衝撃波が届くまで、あと5秒。
 
 
―守らなきゃ

  
―【ゼロ:B】で消す。 無理。 俺の前方の衝撃波は消せるが、到底皆を守る範囲を消すことなんて、出来ない。
  
 
 衝撃波が届くまで、あと4秒。
 
 
 
―【水衣】を全員に。 無理。 5人分を維持なんて、一瞬も持たない。 タイミングがずれれば全員……
  
 
  衝撃波が届くまで、あと3秒。
 
 
 
―駄目だ、どうしようもない、どうしようも、もう、 でも
 
 
 衝撃波が届くまで、あと2秒。
 
 
 
―俺が、俺が守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ
、俺が守らなくちゃ、誰が、皆を、守るってんだ!!
 
 
 
------------―――――――――――――――
  
 
 「だけど、【水魔法】は守りの心
 
 
 
  『性質』
  
  
                【偽りなき慈愛】
  
 
 
      『慈しみ』
 
 
         『全てのプレイヤーを、幸せに』
 
 
―――――――――――――――------------
 
 
 衝撃波が届くまで、あと1秒
 
  
 
 
俺の 魔法は 皆を 守る ために!!!
 
 スキルレベルアップ:水魔法【A】
 
 
 
 ウルトンを中心とし、半円状にラインが瞬間的に現れた。青白く光るその線は、リペノ・ジャスティス・ミンティス・ヤミハルを内側に大きく囲む。そして、風が届く一手先、ラインから大量の水が噴出した。
 公園にある噴水のような勢いではない。 触れれば腕が折れ、そのまま空中高くに吹き飛ばされてしまうような威力。なのにも関わらず、見る人に恐怖を感じさせはしない。吹き上がる水は美しく、神々しいと思わせるほどだ。ゆえにそれは【神泉】と呼ばれている。
 
 【神泉】と【ウィンドカッター】が衝突した。威力は互角、大魔法の激突。瞬間、洞窟内にすさまじい衝撃が走った。
 その衝撃だけでも、被害はそうそうたるものだった。ジャスティスとミンティスには吹き飛んだ跡があり、ヤミハルまでもが膝をついていた。特に体の軽いリペノは数十メートル吹っ飛んでしまっていた。
 
 
「……守ったぞ!」
 自身が魔法使いとしての一定ラインを今ついに超えた。そのことを、ウルトンはしっかりと感じ取っていた。
 青と黄の鮮やかな槍は、ウルトンの手のひらに吸い込まれるかのように消え去った。直撃すれば高層ビルの壁面に穴を空けるような魔力が、音も無く、一瞬にして消滅したのだ。
 
「え……?」
「……?」
 
 お互いあまりの事態に硬直する。数秒沈黙が続いたが、自分の能力のことを熟知しているウルトンのほうが、ほんの少しだけ早く反応した。
 
(これなら、クサモチと対等に戦える!)
 
 ウルトンは地面を蹴り、クサモチに向かって突っ込んだ。詠唱をし、【水衣】を張りなおす。
 
「……!」
 
 進入を防ぐべく、すかさず炎の壁がクサモチによって張られる。炎は分厚く、触れれば大火傷を負うことになる。だが、ウルトンはあろうことかそのまま炎に向かって突進した。
 
「近づかれる前に殺す、だったよなあ!」
 
 走りながら腕を前に伸ばし、そのままの勢いで地面を両手で思い切り叩いた。本来なら近づく物を焼き焦がすはずの炎が消滅し、地面にウルトンの両手が触れることでその周囲で燃え盛っていた炎までもがいつの間にか消えていた。
 
「俺にはもう、その戦法は効か……!?」
 
 自信満々に言い放ったウルトンに浅い衝撃が走った。衝撃源は足元。
 地面スレスレ、炎の壁によってできていた死角に、鼠花火を思わせるような小さな閃光が這いずり回っていた。何かを感じ取ったクサモチは、対策として事前に放っていたのだ。
 初弾が【水衣】を吹き飛ばし、小さな雷撃が次々と襲い掛かかる。すばしっこい鼠は全ては消しきれず、数発がクリーンヒットをする。
 
「がッ……」
 
 痺れ、ウルトンは地面に倒れる。電撃が体を巡り、体を麻痺させる。その無防備を見逃さず、クサモチは詠唱をした―が。
 
 
「悪逆非道なる」
「【ゼロ:A】!!【対象:クサモチ-【雷魔法】】!」
 
 それは途中で止められることとなった。
 
 痺れから開放されたウルトンは立ち上がり【水衣】を再度張る。
 ウルトンは数撃食らったものの、致命的なダメージは与えられていない。その上今から3分間、【雷撃の魔導士】から【雷魔法】を奪っている。ウルトンがクサモチを抑えるにはここしかない状況だ。
 そんな中、クサモチは額に指を軽く添えながら少し考え、そして口を開いた。
 
 
「……ならば、全方位」
「はっ、全方位だろうがなんだろうが、俺には効かないな!」
 
 恐らくクサモチは、対象を魔法で囲み周りからいっせいに魔法攻撃を行うつもりだ。ウルトンはそう考えていた。それならば、【ゼロ:B】【水衣】そして相殺魔法によってどうにかなる。
 だがその予想は、大きく外れていた。
 
 
「つまり今までのは【ゼロ】による、魔法封じ。
 
 
 ……守るのは、勝つことじゃない」
 
  
 溜められた魔力は風となり、クサモチを覆う。
 
 
 
「だけど、【水魔法】は守りの心。
  
 
  ……ならウルトン、お前に守りきれるか」
 
 
 全方位、その意味を知ったときには、もう遅かった。
 
 
「【ウインドカッター三六〇°】」
 
 
 圧縮された魔力は爆発し、衝撃波となる。形状は円形。洞窟全体に広がり、"立っている者全て"を切り刻む。それはただただ、暴力的な力。
(ははっ!やっぱクサモチはすげー、すげーな!お姉さんとはまた違った強さがある!)
 
 ウルトンのテンションはうなぎ登り。
 
(だけど、俺も負けてない、ついて行けてる!互角だ!最初は触れることもできなかった、あのクサモチと、互角!)
 
 ここらでピークを迎え
 
(……あれ?この後どうしたらいいんだ、もう作戦ないぞ?)
 
 急降下した。
 
 
 もうウルトンには次の手が用意されていなかった。水、水、炎と裏をかいた3段構えの攻撃で、油断も突いた。ウルトンにしてはとてもよく出来た作戦。だがそれですでにネタ切れになっていた。
 
 勝てるビジョンが見えてこない。ウルトンが何とかしようと頭を引っ掻き回しているとき、すでにクサモチは詠唱に取り掛かっていた。
 
「行くぞ……」
 それは今までの省略されたものではなく、長い長い力の込められた詠唱。手のひらで電気と水とが混ざり合い、球体になった後平たく伸ばされ、黄色と青でマーブルを描いた槍状の物が出来上がった。
 
「【グングニル-TW】」
 クサモチは指を少し動かした。たったそれだけの動作で魔法槍は勢い良く投げられた。風を切り、一直線にウルトンに向かう。
 
 ウルトンは【水衣】を張ろうとし、止めた。そもそも間に合うかどうかも怪しいものだし、意味がほとんど無いことを知っていたからだ。
 混合魔法は防ぐのが難しい。魔法には相性があり、その種類によって相殺しやすさも違ってくる。炎を水では消すことは出来るが、雷では消すことが難しいように。
 混合魔法はつまり、一つの器に様々な種類の魔法がぶち込まれている状態だ。もし一種類の魔法を消すことが出来ても、次の瞬間には別種の魔法が襲い掛かる。【水衣】のような特殊防御魔法でも、2種類以上の属性を持つものは防ぎきれないようになっている。
 だから混合魔法を消すには、圧倒的物量で消失させるか、こちらも混合魔法で応じるしかないのだ。しかし、ウルトンにはもうそんな猶予は残されていなかった。目前まで迫る魔槍。
  
(避け切れない……!!)
 
  
 自身を守るため、本能で突き出した両手。
 
 
 その手は幸運にも、全ての魔力を消し去る効果を有していた。
 
 
 【ゼロ:B】 対象魔法、消失 
 クサモチは、戦いの相手が変わっても態度を変えない。【念止力】により縛られた時に一瞬見せた気迫は今はもう無かった。
 対してウルトンのテンションはどんどん高揚し、気合に満ち溢れていた。それが戦闘に有利かどうかは、場合によるのだが。
 
「俺の力を、お前に見せてやるぜ!」
(今まで俺が学んだ、全ての力を、出して、お前に勝ってやるよ、クサモチ!)
 
 詠唱―地面からいくつも水柱が上がり、それがクサモチへと次々に向かう。
 隙を与えないかのように無数の水柱が生き物のように踊りかかり続け、10、20、30と数を増し続けた。
 
 迫る水柱を見てもクサモチはいつまでも冷静。静かに詠唱し、生み出した雷撃によって水を消し飛ばした。
 雷に込める魔力は少量で良かった。何故なら水柱は数を増すにつれてその太さが減少していたからだ。数が50を超えたころには、もし直撃したとしても対したダメージは与えられないであろう威力になっていた。
 圧倒的な量も虚しく、全ての水柱はクサモチによって打ち落とされる。魔力消費は少ないが、手間が掛かる行動。それはウルトンによって想定されたチャンスだった。
 
「クサモチお前さあ、俺を舐めてんだろ」
 
 水柱をイメージで持続しながら、新たなイメージを。クサモチは魔法使いとしてのプライドか、水柱を落とす作業を止めない。
 
 
「まあ、俺もお前を舐めてるけどなぁ!!」
 
-こんこんと湧き出る、清流。
-水は全てを押し流し、人は抗う術を持たない。
 
 水柱を呼び出したときから、準備はしてきた。イメージは、十分。全てを押し流せッ!
 
 
「白紙に戻せッ!【流砲】ッ!!」
 
 ウルトンは全ての力を片手に込め、溜められた魔力を最大出力で放出した。それは長期の魔法のイメージ固定により、普段のウルトンでは考えられないような威力を得ていた。直径2mを超えた巨大な水の塊が流れとなりクサモチを襲う。
 
「ッ!!」
 
 【流砲】が届く寸前、クサモチは両手をかざした。高速詠唱。球状の黒い雷電が現れ、水の流れを押しとどめる。
 魔法のぶつかり合いは互角、いや僅かにウルトンのほうが押していた。それは力を溜めたウルトンと、不意を付かれたクサモチとの差だった。
 
「まだまだァ!」
 ウルトンはさらに力を込める。流砲は今や直径3mを超えていた。時間をかければ、それだけウルトンに不利になる。
 
(イメージを絶やすな、詠唱を絶やすな、魔法を絶やすな!チャンスは一度だ!)
 
 勢いは増した。しかし、次第に、着実に、水は押し戻されていた。クサモチの雷球が、大きさを増し黒々と怪しい光を発していた。単純な魔法の打ち合いでは、イメージ、つまり魔法の力が勝負を左右する。イメージが強く、長く、十分にできていればいるほど魔力は増幅される。つまり、打ち合いが長ければ長いほど、力の差が顕著にでるようになってしまうのだ。
 
「くっ」
 
 【流砲】の威力が目に見えて下がった。雷が少しずつ水を伝わり、ウルトンにダメージが蓄積されていく。その疲労も関係しているが、明らかに地力で撃ち負けている証拠だった。
 
 雷の威力が完全に水を超えたとき、クサモチの口元が少し上がった。だがそれは、ウルトンも同じだった。
 
「纏わり、熱せよ、焼き殺せ!」
 
 ウルトンの叫びと同時に、炎が現れた。炎はクサモチの周りを一気に包み込み流動する。
  
「俺が【水魔法】しか使えないとでも思ったか!雷じゃあ炎を消すことは出来ないだろうよ!」
 
 水魔法との同時詠唱、イメージも不十分。必然と威力は弱くなる、だが確実にダメージを与えられる。
 
 いける! ウルトンがそう思った瞬間、クサモチの体中を纏わりついていた炎が一瞬にして蒸発した。それはクサモチから発せられた【水魔法】。
 
「俺が……【雷魔法】しか使えないと、思ったか?」
 
 ぶつかり合っていた水と雷は集中を切らし、同時に弾けとんだ。ウルトンは呆然とし、そしてニヤリと、笑い出す。クサモチもほんの少しだけ満足げに、笑みを漏らす。
 
「はは、ははは、ははははは!」
「くく……」
 
 緊張した戦いにはそぐわない、二種類の笑い声が洞窟の中に響き渡った。
ウルトンたちとそう離れていない場所では雷が飛び交っていた。
 
 
(……これが【雷撃の魔導士】?少し拍子抜けだ)
 
 ジャスティスはリズミカルに雷撃を避けながら、矢を放つ。クサモチの体に届く前に雷によって落とされるものの、流れは完全にジャスティス側に向いていた。
 
「本調子じゃないのか、ただやる気が無いのか。
 だがこのチャンスを逃す気はオレには無い、ミン!やれ!」
 
「わかったよジャス!……むんっ!!」
 
 【念止力】。今までクサモチはほとんど動くことが無かったため一見するとわかり辛いが、それでも確実に動きは止められていた。
 口がピクピクと動くだけのクサモチを確認し、ジャスティスは突撃のための一歩を踏み出す。
 
 風が吹き、クサモチの普段は長い前髪で隠れている目が少しだけ露わになった。

(!?コレは、ヤバイッ!)

 尋常でない力が込められている。ジャスティスは前に出した足に力をいれ、そのまま後方に飛び退った。
 
 「悪逆」
 
 発せられた言葉はただそれだけ。その一言により呼び出された黒味を帯びた線を成す雷が、ミンティスを庇ったジャスティスの背中に直撃した。
 同時にあたりの雪が蒸発し、水煙が舞い上がる。瞳の拘束から逃れたクサモチはその光景を眺めながら、"飛んできた矢"を軽々と雷で叩き落した。
 
 昇天の光はあがっていない。蒸気の中から現れたジャスティスは深手を負ってはいなかった。ただ羽織っていたマントが形無く完全に消失していて、背中に少し焦げ後が残っている。
 
「……高速詠唱とほぼ無詠唱の短さで、【耐雷】の魔道具を壊すか。まさに化物だな」
 
「ど、どうするの?ジャス?」
 
 【念止力】がほぼ無意味だということがわかった今、相性はとてつもなく悪い。その上力量が離れすぎている。
 手に負えない。ジャスティスはそう判断を下した。ならば―
 
「ウルトン!」
 
 現状の最良を選択したリペノ、一方ジャスティスは現状を変えることを選択した。
 
 
「交代しろ!」
「は!?」
 
 その一言で即座にジャスティスとミンティスは戦線を離脱し、ヤミハルへ向かう。
 その結果クサモチと対峙するはめになったのは、まだ現状を良く飲み込めていないウルトンがただ一人だ。
 
「おいふざけんなよ!?」
「オレ達にはアイツの相手は無理だ。だが、オマエならできる」
 
 少なくとも、少しは耐えられるはず。その間に【黒翼】を3人がかりで倒し、その後【雷撃】を仕留める。この力の差がありすぎる戦い、数で押すしかない。ジャスティスはそう考えていた。
 
「【雷撃の魔導士】、実質カイド一の魔法使いだ。オマエは、ヤツに敵わないのか?」
「……!!そういうことなら、やってやる!」 
 
 安い挑発。だがウルトンにとっては効果覿面、ヤミハルのことは完全に眼中から消え、クサモチ一人に集中する。
 
「へっ」  
 
 ニヤリと笑い、武者震い。ウルトンは拳を手のひらに叩きつけ気合を入れ、
  
「てめぇ見たいなヒョロヒョロ雑魚は、このウルトン様だけで十分だ!覚悟しろよ!」
―クサモチは、強い。正直言って死ぬかもしれない。けど……やってみたい!!
 
 強く大きく吼えた。
 ウルトン・リペノ対ヤミハルは、防戦一方の戦いとなっていた。
「行きますよ!」
「俺を敵に回したことを後悔しろ!」
 
 ウルトンとリペノで二人、挟み込む形でヤミハルを包囲。ヤミハルの動きはしなやかなで、扱う槍によって攻撃範囲は極端に広い。そのためウルトンはもちろん、近接型のリペノも一定の距離を取らなければならない。リペノが間合いを見切りながらにじり寄り、ウルトンが背後から詠唱を行う。
 本来戦士と魔法使いのコンビはお互いが隙を埋め合い普段以上の実力を発揮することができる。ただそれは魔法使いが戦士を支援できる場合のみであり、ウルトンは仲間を援護することを主体とした戦いは経験したことが無かった。
 ウルトンの無防備な魔法詠唱、ヤミハルはその隙を見逃さなかった。 
 ヤミハルは槍を強く地面に突き刺し、そのまま横一線に地面を砕き裂いた。雪と微かな岩盤が舞い、リペノの視界を覆い隠すその一瞬をつき、ヤミハルはウルトンに突進した。
 
「ぐっ!?」
 避けきれない一撃は、事前に張られた【水衣】によって防がれていた。2撃目が放たれる前に何とかリペノが追いつき、槍とウルトンの間に刀を滑り込ます。ウルトンを貫くはずだった攻撃は、込められた力と遠心力によってリペノの体ごと軽々しく吹き飛ばした。
 リペノは吹き飛びながら距離をとり、ウルトンはその間に【水衣】を張りなおす。ヤミハルはその間動くことなく、槍を構えなおしていた。
 
「くっそ!舐めやがって!」
「舐めてなどいないさ。致命的なお前の戦闘センスの無さを哀れんではいるけどな」
「何だと!?もういっぺん言ってみろ!!」
 
 ウルトンとの会話によってできた少しの間に、リペノは冷静に現状を分析をする。
 
(無駄な追撃はして来ない……慢心が無い。
 スピードでは僕の方が勝っているみたいだけれども、あの巧みな槍使いで懐に入り込ませてくれない。
 どうにかして隙を作らないと……)
 
「……【メデューサ】」
 リペノの髪の毛がワサワサと動き出し、蛇の形を成す。
 
「可愛らしい髪だな?」
 気配の変化をチラリと確認したヤミハルは少しズレた感想をもらした。リペノはヤミハルの正面ににじり寄り、そのまま元前髪の蛇2匹の眼光がヤミハルの頭を捕らえる。
 
 カイドにたどり着くまで、ポチの言葉によって覚悟を決めたリペノは【メデューサ】の修行をし、ついにはAランクになっていた。
 【メデューサ:A】の持つ能力は石化能力。瞳が蛇の瞳に捕らえられたとき、対象は石と成る。蛇の瞳の数が多ければ多いほど、瞳を捕らえる時間が長ければ長いほど、石化スピードも上昇する。
 だがヤミハルは一向に石化する気配を見せなかった。
 
(やっぱり駄目か……)
 
 ヤミハルの顔はフルフェイスの兜により外界と遮断されている。もちろん外が確認できるよう目の部分には加工がされているのだが、その僅かな隙間からでは蛇はヤミハルの目を認識することができない。
 これではAランク本来の効果は期待できない。ヤミハルが未知なるスキルに警戒し、隙ができる可能性に賭ける。今できる最良の道はそれしか残されていなかった。
 
「やれることは、全てやる!ポチさんだってきっとそうするはずだ!」
―主よ、しっかりしてください。
―分かっていますよ。だからさっきからやっているじゃないですか?
 
―いいですか、これは敵の術。それは私が今ここに召還されていることからも明らかです。
―そうは言ってもですねえ、目目連。貴方はこの島に入ってから呼び出したわけではないですしねえ?
―強情な。
 
―貴方は術にかかっていないからそんなことが言えるんですよ?というかですね、貴方は何故洗脳されていないんです、貴方も彼女の言葉を聞いたのでしょう?
―私は聞いていません。言葉を読み取っていただけです。主とのテレパシーのようなものです。
 
―はぁ、そうですか?まあ何でも良いですから早くこの術を解いていただきたいのですが?もう余り時間がありませんよ?
―ですから、もう一度言います。これは敵の術、幻。いいですか、現ではないのです。幻であることを、意識なさってください。
―さっきからやってるんですけどねえ……?思うにこの術は、内部から破るには相当強い精神力が必要なのではないのでしょうか。
 
―だとしても、どうしようも……?
―?どうしたのですか、目目連。ワタクシは今五感が無いのですから、何かあったのなら説明……
 
 

 ゴスッ
 
 
「ヅッ……!?」
 
 ニヤイニレは突然の頭部への衝撃に地面に崩れ落ちた。どうやら側頭部を何か硬いもので殴打されたようだ。相当のダメージを負ったミヤイニレはそのままうずくまり、呻き声を暫く漏らしていた。
 ズキズキと痛む箇所を押さえながらようやく痛みに耐えられるようになった時、目の前に誰かが立っていることに気がついた。自分がいつの間にか視覚を取り戻していることも、その時になってやっと気づくことができた。
 
「貴方は……いや、まず、とりあえず、やりすぎだと思うのですがそれについては如何ですか?」
「お前が一人でブツブツと唸っているから目を覚ましてやっただけじゃねえか」
 
 殴った男に悪びれる様子は全く無い。むしろ本気で謝礼を要求しそうな態度だ。
 
「そうですか、それにしては?いや、今はいいでしょう。
 ……【ゼロ】様はもう到着してしまっているわけですねえ」
 
 ミヤイニレは時刻を確認して猶予が思っていた以上に無くなっていることを知った。捕獲に失敗した今、敵の計画を阻止するため、そして何より今得たこの新しい情報を伝えるためにもウルトン達の元へ急がなくてはならない。
 
「ところで、一つ質問よろしいでしょうか」
「俺が何でここにいるのかっつう質問なら面倒だから答えねえぞ」
「それは良かった、では失礼?
 何故ワタクシを殺さなかったのですか?」
 
 これには男も意外そうな顔をした。馬鹿かてめえは、と前置きし
 
「俺がお前を殺す意味なんざねえじゃねえか。シムシの得になるわけでも無し。多少は前の借りも含めて殴ってやったがな」
「ああやはり?」
 
 ミヤイニレは殴られた箇所をさすりながら謎が解けたという顔をした。そして自分を殺す勢いで殴打した男、グィンセイミに軽く別れの挨拶をし
 
―さあて、目目連?頑張って頂きますよ。
―対価を払うのは主だ。頑張るのは私ではない。
 
 テレパシーで目目連と会話をしながら鍾乳洞の内部へ向かって足早に歩き始め、姿を消した。

105.謎

2008年11月30日 日常
 数時間前―ミヤイニレ
 
「さあて?やっと捕まえましたよ?」

 ウルトン達より早く、日が昇りきる前に例の島に到着したミヤイニレはあるプレイヤーと対峙していた。ミヤイニレが手の平から出す僅かな光では奥にいるプレイヤーの姿ははっきりとはしない。
 
「いや、いいのですよ?貴女が驚くのは致し方が無いことですから?ワタクシがここに居るなんてことは貴方の計画の中には入っていないですからねえ?
 それにしても読み通りでしたよ?"あの遺跡"、つまり特殊なスキルを持ったものが集まっていたあの集落。そこに潜んでいたはずの内通者の情報が何故だかすっかり抜け落ちていたのですが、貴女を見つけて頭の中がやっとすっきりしてきましたよ?ねえ、ワタクシ達を弄んで頂いた真犯人様?」
 
 ミヤイニレはこれだけの言葉を一気に発した後、眼鏡のズレを指で軽く直し、珍しく口調を正した。

「貴女の正体を、今ここで確実に掴ませて頂きますよ」
 
 暗闇に潜むプレイヤーの表情は読み取れないが、ミヤイニレには微かに黒い影の口元が緩むのが分かった。はたから見ると追い詰められているこの状況で、この余裕。些か厄介だ、とミヤイニレは思う。
 そもそもこのプレイヤーについてあまり情報があるわけではない。今ある情報は、幻覚系のスキルを所持していることと、それがスノウを暴走させるレベルのものだということだ。
 さてどのようにして捕らえるかとミヤイニレが考えていると、逆に相手のほうからこちらに近づいてきた。黒い影は一歩一歩まるで無防備に進み、光が完全に姿を映し出すところで止まった後ゆっくりと口を開いた。
 
「そんなに私の正体が知りたいんですか?なら、おしえてあげます。
 私は、ユツキ
「……ほー?これは、素晴らしい!ですが」
 
 ミヤイニレはまた珍しく、少し驚いていた。大図書館の制服、セミロングの茶髪、そして気がつくと引き込まれている不思議な瞳。暗闇から歩み寄ってきたプレイヤーは、記憶にあるユツキの姿にあまりにもそっくりだったからだ。
 
「感心しませんね、スノウをいじめていいのは、今はワタクシだけです。【司書】にはお帰り頂きたいものですねえ?
 貴女が幻覚を見せるのならば、ワタクシは耐性のある召還パートナーを呼び出すまでですよ?
 ワタクシがもし幻に囚われたとしても、パートナーが貴女を捕らえるでしょう」
 
 動じないミヤイニレを見て、見た目はユツキであるものはにこりと邪悪に微笑んだ。
 
「なら幻術は無理ですね、でも――
  
 この島には特別な仕掛けがあり、召還をしたものは死ぬ
 このことをあなたは知らないですよね?だからそんな大口が叩けるんです」
 
 【召還】を行おうと詠唱を始めていたミヤイニレの動きが止まった。何かに遮られたわけではない、自分の意思でごく自然に【召還】を行うことを躊躇してしまっていた。

「何を、馬鹿な……」
 
「そして―
 この島の暗闇はどんな光も、そして音さえも飲み込むんですよ。
 暗闇に飲まれたら最後、あなたの五感は何も読み取ることはできないんです。
 これも、あなたは知らないですね」
 
 ミヤイニレの言葉が、詰まった。手のひらの光は消え、一瞬にして洞窟は闇に包まれた。まるでデタラメなことが、その空間では確かに事実となってしまっていた。
 
(……スノウが幻術に弱いからといって連れてこなかったのは失策でしたねえ?)
 
 数刻、闇は晴れることなく――

104.焦

2008年11月23日 日常 コメント (2)
「は……?おいどういうこと―――ぐぇ!?」
 
 状況を把握しきれず上げたウルトンの声が途中で詰まった。リペノがウルトンの腰のベルトを掴み力強く放り投げたからだ。渾身の力で投げ飛ばされたウルトンはそのまま雪の上を数メートル転がった。
 
「てめえ、何すんだよ!?」
 受身も取りそこね全身雪だらけになったウルトンが、そばまでバックステップで下がってきたリペノに向かって叫んだ。
 
「言ってる場合ですか!」
 リペノは既に腰から刀を抜き去り、状態低く構えていた。目線は"さっきまでウルトンが居た場所"から動かない。
 そこの岩壁には、槍が突き刺さっていた。槍が岩壁を砕き、半分以上がその中にめり込んでいるためただの棒のように見える。
 もし槍が衝突したのが壁ではなくプレイヤーなら、確実に腹をつき抜かれ昇天は避けられなかっただろう。そしてその柄は、確かにヤミハルによって握られていた。
 
「な、何なんだよ!俺がカイドに反逆だって!?っざけんじゃねーぞ!
 俺を誰だと思ってんだ!俺様はカイドの大魔法使いウルトン様だぞ!
 カイドに賞賛されることはあっても憎まれることなんてありえねえ!」
 
 ウルトンの叫びにヤミハルは答えなかった。ただ淡々と奥深く着き刺さった槍を軽々しく引き抜き構えなおす。
 
「くそっ!わけわかんねえ……」
 
「ソレはッ ―オレ達の台詞ッ ―だッ!」
 
 ウルトンの声を超える勢いで叫んだのはジャスティスだった。同時に数個の衝撃音が響く。
 衝撃は先ほどジャスティスがステップを踏んだ場所から響き渡り、そして衝撃の元である"雷撃"はクサモチから呼び出されていた。クサモチは片腕だけを胸元までだらしなく上げ、面倒臭そうに口をボソボソと動かしていた。しかし詠唱をとぎらせることは無く、雷撃は今も次々と生み出されていた。
 
「クサモチ!?お前もかよ!俺が何をしたっていうんだよ!
 っていうか俺が何かしたとしてもそいつらはかんけーねーだろ!」
 
 ただ焦るウルトンの叫びも虚しく、雷撃は止まらない。狙われたジャスティスはミンティスを片腕に抱え、雪上をリズム良く跳ね、足元を狙う雷撃をギリギリのところで交わしていく。
 
(……どうやら【雷撃】のほうは俺たちを直ぐに殺すつもりは無いようだ。
 相性から考えても、【黒翼】のほうはオレ達には手に負えないか)
 
 ジャスティスはステップを踏み雷を確実に交わしながら、徐々に徐々にとヤミハルから距離を取っていた。
 
(それにウルトンの言葉が正しいなら)
 
 ウルトン達には声が辛うじて届くぐらいの場所まで離れた後、ジャスティスはミンティスを下ろし、クサモチに向き直った。
 クサモチも相手の変化を読み取ったのか、詠唱を一時止める。しかし腕は上げたままだ。
 
(……リーダーは、エサか)
 
 自分の中で結論が出たジャスティスはあらん限りの声を張り上げた。
 
「ウルトン!オマエを狙っている一連の事件の黒幕がいるのかもな。
 そしてそいつはリーダーを利用した。つまりオレ達の敵でもある!
 オレ達の正義がソイツを裁く!
 ……が、まずはコイツらの相手が先だ。オマエも覚悟を決め正義を見せてみろ!」
 そこにいたのはスノウ達ではなかった。一人は全身鈍く光る漆黒の鎧を、一人は怪しく漂う深緑のローブを纏っている。そして一人は毅然に、一人はどうでも良さそうにそこに立っていた。
 
「クサモチにヤミハル!?何でお前らがここに居るんだよ!」
 
 ウルトンは久しぶりに見る友人を前に、懐かしさを感じるとともに驚いていた。もしこれが仕組まれた罠だとしても、"スノウが居ることを信じて疑っていなかった"からだ。
 
「ね、ね。あの人たちは誰なの?」
「【雷撃の魔道士】クサモチと【黒翼】ヤミハルだ。両者ともカイドの王アトラの側近であり、カイド5本の指に入る屈指のプレイヤーだな」
「僕も話には聞いてましたけど……実物を見るのは初めてですね」
 
 クサモチとヤミハルを良く知らない3人にウルトンは軽く説明をする。2人がカイドにいたころからの知り合いであること、これまでアトラを通して随分世話になっていたこと、2人は自分には劣るもののとても優秀なプレイヤーであること。
  
「大体理解した。だが分からないな。現在カイドは政情が不安定なはず。そんな忙しい時に、何故オマエ達のような大物がこんな所に居る?」
 
 ウルトンの話を聞き終わったジャスティスが目前に立つ2人に問う。ジャスティスの目は鋭く2人を捕らえ、警戒を怠っていなかった。
 問いに対してヤミハルが一歩踏み出し答えた。声以外無音の空間で雪がしゃくりと音を立てる。

「どうやらお前達は現状が分かっていない。いいだろう、説明してやる」
「めんどくさい……」
「アトラ王の命令だ。キビキビしろ」
「はぁ」
 もう無所属なんだけど……というクサモチの呟きにヤミハルは全く耳を貸さなかった。クサモチには今の状況にヤミハルほどのやる気がないらしい。
 しかしヤミハルの無言の圧迫に押され、やれやれ仕方ないといった感じでウルトンたちに向き直り顔を上げた。長い前髪で見えないはずのクサモチの瞳が確かに自分を見ているのをウルトンは感じ取った。
 
 一呼吸置き、カイド最強の魔道士クサモチとカイド最強のドラゴンテイマーヤミハルは同時に口を開いた。
 
 
「「アトラ王の命により、ウルトン及びその仲間をカイド国に仇なす反逆者として、始末する」」

102.覚

2008年11月7日 日常
 朝日が昇る少し前、ウルトン達は指定された孤島に到着していた。あれこれ考えても仕方ない、とりあえず行ってみよう。これが全員一致の意見だった。
 
 孤島は雪で覆われ、点々と生えている針葉樹以外には何も無い。何も無いといっても起伏が激しく、ちょうど島の中央に値する部分が特に盛り上がっているため島全体を見渡すには、頂まで上らないといけない。
 辺りを見渡してみても、スノウと思わしきプレイヤーは見当たらない。2組に分かれてしばらく探索してみることになったが、島は大きな街1つ分ほどの広さがあるためキリが無い。ウルトンとジャスティスは島の周囲を少し調べた後一足先に上陸地点に戻ってきていた。
 
「どうする?この雪山を登ってもいいが、相当時間がかかるぞ。おまけに吹雪いて来そうな嫌な雲が出てきている。リーダーの手紙には他に何も書いてないのか?」
「書いてないな。向こうが呼び出したんだ、目立つところで待ったほうがいいと思うが……まあまだリペノとミンティスが戻ってきていないからそれから考えてもいーんじゃないか?」
「ウルトンさーん!ジャスティスさーん!」
「噂をすれば。あんなに急いでどうしたんだ?」
「おいミン!こんな深い雪でそんなに走ると転ぶぞ!……顔面からいったな」
「ジャス!変な横穴を見つけたよ!」
 
 リペノに助け起こされたミンティスは転んだことを全く気にせず、鼻の上に雪を乗せたまま叫んだ。
 

 案内された場所には確かに横穴があった。穴は深く、鍾乳洞が島内部まで続いていることが分かる。鍾乳洞自体はこの島には珍しくは無いが、この横穴には他とは少し違う特徴があった。
 雪が無いのだ。本来そこに積もっているはず雪が、穴の場所がよく分かるように半円状にくり貫かれている。
 前日は天気が良く、カイド全域にわたって降雪の無い珍しい日だった。そのため誰かが雪を除去したのがそのままになったのだ。
 
「……入ってみるか」
 ウルトンを先頭に4人は横穴に足を踏み入れた。飛び出した鍾乳石により多少歩きにくい構造になっていたが、ほぼ水平のまま奥へと続いていた。しかし気づかない程度に少しずつ下へ下へと確実に潜っていた。
 もう島の中央あたりまで歩いたのではないかと4人が考え出したころ、急に開けた空間に出た。ウルトンはグィンセイミと共闘した洞窟を思い出していたが、そこには比べ物にならないほどの空間が広がっていた。大きなドーム1,2個分はあるその広さは、巨大な怪物が自由に暴れられるほどだ。
 洞窟全体には光が差し、雪が積もっている。恐らくここには天井が無いのだろう。つまり島の頂がお盆状に凹んだ空間へ鍾乳洞が繋がっていたということになる。

「ん……?誰か、いますね」
 リペノが洞窟の奥を見て声を上げた。ウルトンも光に慣れてきた目を向ける。そこには覚えのある二人の人物が立っていた。
「……おかしいな」
「何がだ?」
 今、ウルトン・リペノ・ジャスティス・ミンティスの4人が部屋に集合していた。ただでさえ狭い部屋は、もう自由に身動きする空間すら無くなっている。
 疑問を投げかけたのはジャスティスだった。
 
「リーダー、スノウはココに手紙を送れる状況にあった。つまりオマエの居場所が分かっていたってことだ。
 それなのに何故直接会いにこず、こんなまどろっこしい方法をとる必要がある」
 
「罠の可能性もありますね」
 
 リペノとジャスティスは手紙を見ながらあれこれ話あっていた。ミンティスはその場の緊迫した空気に馴染めずオロオロと顔を眺めるだけ。
 スノウの指定した日時は、ちょうど明日。考える時間は1日しかなかった。しかしウルトンの心は既に決まっていた。
 
「俺は行く。罠だろうがなんだろうが、会って奴と話せるなら……スノウのやろーが何を考えているのか知れるなら、それで構わない」

 それに賛同するかのようにパロットが一声クェと鳴き、開きっぱなしだった口をようやく閉じた。
 
――
 その夜。
 
「……の情報と、ワタクシの情報を吟味した結果?やはりそういうことになりますね?」
「ああ」
 スノウとミヤイニレはフォロッサのあるホテルの一室を借りていた。ウルトン達に全く遭遇しなかったのは偶然としか言えないだろう。
 二人は今、件の"手紙"のことについて情報をまとめていた。
 
「だが、罠だと思ってこなかったらどうする」
「いや、ほぼ確実に来るでしょう?恐らく"そういうもの"でしょうから?」
「まあこないならこないでも、こちらとしてはいいんだがな」
 スノウはミヤイニレから顔を逸らし、窓の外を見た。精悍な顔がガラスに映っていた。荒んだ面影は、欠片も無い。
 
「頭はすっきりしましたか?」
「……ああ」
 ニヤニヤと笑うミヤイニレにスノウは短く一言だけ返した。
 
「なら、気をつけてくださいよ?我等がリーダー様は、ああいうタイプの相手に弱いんですから?」
「……そう何度も言わなくても分かっている。それにそのために、お前が先に行くのだろう」
「念には念を置かないといけませんからね?リーダー様は、弱いですからねえ?」
 
 スノウはこの言葉を"自分のことを心配してくれている"と善意的に受け取ったが、真意のほどは定かではない。
 
「間に合いそうか?」
 今度はミヤイニレとは反対側に向かってスノウが声を掛けた。そこにはプレイヤーは見当たらない。
「何とか」
 しかしその空間からは人間の声が、確かに発生していた。
 

 
 早朝。
 
 アトラは一人苛立っていた。
「あやつらはどこに行きおったんじゃ。朝から大事な会議があると言っておいたのに。こうなったら儂もバックレて……」
 そして、部下にその独り言をしっかり聞かれていた。



 各々が持つ理由は違うものの、様々な立場の人間が、今一つの島に集まろうとしていた。
 ある日、ウルトンへ一通の手紙が届いた。
 
 その日は天気も良くカイドにしては比較的過ごしく、そしてウルトンにとっては久しぶりの休日だった。
 ウルトンは今仕事で提供された小さな港町にある借家に住んでいた。借家といっても本の倉庫みたいなもので、居住空間はひたすら狭い。そこにはパロットも一緒だった。最初は銅像のように動かなかったのだが、ウルトンに気を許したのか最近では少し飛び回るようになり餌を求めるまでになった。
 
「餌代がかかって仕方ねえ」
 ウルトンがそう一人ごちた時、「郵便でーす」という声と共に白い封筒が狭い部屋に放り込まれた。
 封筒は薄く、何か物が入っている様子はない。表にも借家の住所と"ウルトン様へ"という表記以外、差出人の名前すら書いてはいなかった。
「んー?」
 ウルトンは少し困惑していた。誰にも今自分がどこにいるか、何をしているかを伝えていないのに何故場所がわかったのだろうか。
「おまえのか?」
 話掛けられたパロットはクエーッと一声鳴くだけ鳴いて、口を大きく開けた状態でまた銅像のように動かなくなった。
 
 さて封を開けるか、とウルトンが思ったとき、今度は扉をノックする音が響いた。とりあえず封筒を机の上に放置して扉を開けに行くと、外に居たのはリペノだった。
 
「あ!ウルトンさん!お久しぶりです。少し近くまで来たので寄ってみました。ジャスティスさんたちも一緒ですよ!」
 
「封筒といいお前といい、何で俺の居場所が分かるんだよ。あ、あれか俺が大魔法使いとしてあまりにも有名だからか!」
 
「有名なのは確かですけど……カイド中で結構噂になってましたからね」
 
「まじで!?」
  
 悪い噂も含めて……というリペノの呟きはウルトンには聞こえなかったようだ。
 
「あーじゃあ、この封筒も俺のファンからの手紙か!」
「何ですか?それ」
「まあまて」
 言いながらウルトンは封を開いた。
 
 最初の一行を読んで、ウルトンが目を見開いた。動きが止まったウルトンを見て、リペノが手紙を覗き込む。
 
「……!ジャスティスさんたちを呼んできます!」
 

“灰身リーダー スノウより
 
 お前にユツキのことで話したいことがある。
 
 今月○×日朝日が昇る刻、ロフ島北西の孤島で待つ。”

99.逢 (98.から

2008年7月13日
 俺は今一つの町とロフ島の町々との往復を繰り返している。その拠点が俺が面接を受けた小汚い店があった小さな港町だ。地図で言うとフォロッサの西側に位置している。
 モエリの港に届けられた大量の本はいくつかの輸送店に集められる。そこから本を選別して各図書館に輸送する。新しい本というのは案外ぽんぽん出てくるようでそれなりの量になるのでそれなりにウザったい。カイド内以外にも他国からも本が集まってくるのでものすごい量になる。これが全て魔法書なら、どんなに素晴らしいことだと思うのだが、役に立つ魔法書は0に等しかった。
 
 最初は地獄だと思ったが、慣れるとそう苦でもない。貸して貰った寝床はそれなりに良かったし、町の人々もいい奴らばかりだった。比較的小さな町だったのでほぼ全ての町民と逢ったんじゃないだろうか。これは顔見知りじゃない奴はいないとまで言い切れるレベルだ。
 
 それに何より、本が読める。
 新刊には魔法書はほとんど無いが、注文される本には人気のある魔法書が多い。暇な時間に読んでもいいという許可を貰ったので休憩時間や休息日にはお構い無しに書物を漁る事にした。
 
 どこから嗅ぎ付けたのか【猫かぶり】がやってきて「楽しそうですね」と嫌味を残して去っていく、なんていうこともあった。もしかして奴は本当は俺に魔法を習いたくて俺を付け回しているんじゃないかとも思ったが、【猫かぶり】が現れたのはそれ1回きりだった。
 
 
 
 そして、事件は起きた。

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